毎日8000人のアメリカ人が60才の誕生日を迎えている。ベビーブーム世代の人々が、次々と退職の年齢に近づいているわけだ。さっそく、こんな心配の声が聞こえてくる。「世界的に株が不安定な今日、ベビーブーマーたちは、老後資金を守るために、株を一斉に売ってこないだろうか?」
ベビーブーマーとは、1946年から1964年の間に生まれた人たちをさし、約7820万人がこの世代に属する。医学の発達や、生活水準向上が主な原因となり、ベビーブーマーだけに限らず、アメリカ人の平均寿命は1960年の69.7才から77才に上がっている。2000年には3500万人だった65才以上の人口も、2030年には約7200万人に達することが予測されている。
ペンシルバニア大学教授、ジェレミー・シーゲル氏は警告する。「アメリカ社会は、いまだかつて無い速度で、高齢化へと進んでいます。これは確実に、株式市場に悪影響を与えることになるはずです。場合によっては、50%近い下落があるかもしれません。」
ベビーブーマーたちは、401k(企業年金制度)を利用して、多額な金額の株を保有している。退職後は、とうぜん定期的に株を売って生活資金に割り当てることになるから、市場には毎月大量な売り物が押し寄せることになる。だから株の需給バランスが崩れてマーケットが低迷する、というのがシーゲル氏の要点だ。もう少し説明を聞いてみよう。
「年金基金にも、ベビーブーマーからの売り注文が大きく増えることでしょう。株の売りが増大しても、それ以上の買い手があれば問題はありませんが、高齢化社会では、どうしても労働者人口が減りますから、買い圧力も減少してしまいます。」
もちろん、全てのマーケット関係者がシーゲル氏のような悲観的な見方をしているわけではない。高齢化は悪材料ではなく、買い材料になる、というアナリストが多い。たとえば、もっとも分かりやすいのがヘルスケア・セクターだ。高齢者に多い手術に、人工股関節置換がある。これには整形外科用インプラントが必要になるから、アナリストはジマー・ホールディングズ(ZMH)を薦めている。
退職後には時間がたっぷりある。旅行の機会が増えることだろう。旅先にラスベガスが選ばれることが多い、と専門家たちは予想しているから、ホテルとカジノを経営するハラス・エンターテイメント(HET)が狙いのようだ。
もう一つ、シーゲル氏に反対するロビン・ブルックス氏(国際通貨基金)の意見を記しておこう。「高齢化社会が株安につながる、と直ぐ結論するのは間違いです。アメリカで、90%の株を保有しているのは、全人口の10%に満たない極めて裕福な人たちです。401Kの株が売られて、株が大きく下がる、という考えがありますが、平均的なベビーブーマーの持つ株は4万4000ドルほど(500万円)です。9割の株を保有する、超リッチな人々は、老後のために持ち株を売る必要などありません。」