マサチューセッツ大学教授、ナシム・ニコラス・タレブ氏には、株トレーダーというもう一つの顔がある。著書Fooled By Randomnessは14ヶ国語に翻訳され、単にウォールストリートだけでなく、氏を信奉するビジネスマンは多い。また、エンピリカ社の会長を務めるタレブ氏は、投資家たちの資金運用も行っている。
さて、ここで氏の投資理念を明確に表す実験をしてほしい。用意するものは1枚のコイン。先ず、どちらを表にするか、裏にするかを決めよう。50回のコイン投げをするわけだが、表が出たらA、裏だったらBの要領で、1回投げ終わる度に記録してほしい。実験を始める前に、あなたの予想も書いておこう。1回目はA、2回目はB、3回目もB、そんな具合に予想を紙に書きとめるのだ。
あなたの予想と、実験結果を比較してみよう。予想の方が実際の結果より、もっとランダム(無作為)だったのではないだろうか。タレブ氏を引用しよう。「私は人間の作った予想リストと、実際のコイン投げ結果を簡単に見分けることができます。一般的に、予想リストにはA、A、A、A、といった長く同じ物が連続することはありません。」言い換えれば、現実には20回連続で裏が出ることもあり、ランダムな事象結果は意外とランダムに見えないものだ。
それでは、コイン投げと株投資を比較してみよう。もしあなたが、15回連続で表を出したとしよう。16回目は裏になるだろうか、それともまた表だろうか。確率は半々、しかし、あなたは自分には表を出す才能がある、と思い込むかもしれない。「ある投資家が、10年連続で好成績を上げたからといって、11年目もうまく行くとは限りません。同様なことが、企業の収益や経済についても言えます。過去の結果は、決して将来を予測しているわけではありません」、とタレブ氏は言う。
このように、タレブ氏の投資スタイルは、予測できない事態を想定することが基盤になっている。個別銘柄オプションを頻繁に利用するタレブ氏の手法は公表されていないが、氏はこんな例を挙げている。「現在60ドルのオイルですが、三年後は400ドルになっているでしょうか、それともたったの10ドルでしょうか。もちろん、そんな極端な数値を考えている人たちはいませんから、オプションを活用するわけです。」今まで見た白鳥が全て白だったからといって、黒い白鳥はいない、と結論できない。もう一つ、最後にタレブ氏を引用しよう。「川の平均深さが1メートルなら、その川を歩いて渡らないことです。」