というわけで、家の中は推して知るべし。(笑)
今日は朝からクマチャンところで2時間ケア。
「今日は俯せで・・」ということだったが、体感的にはこの方が効いている気がする。
だけどクマチャン曰く、うつぶせは背中が張るので、横向きの方がほぐれやすいのだという。
でもうつぶせでないと、届かない部分もあるからね。
ただ腹があまり出ている人は、俯せになれないわけだ。
それほどでもなくても、長時間だと無理な人は少なくないらしい。
いやあ、実によく効いた。
終わってみると、さすがゴッドハンドと実感。
こういう風にほぐしてくれるのはクマチャンだけ。
もともとスジがいいうえ、目が見えないゆえの鋭いセンサーを研ぎ澄ませてるからね。
ほぐして、ラクにしてあげるのが生きがいなのだという。
そのためには先生なりに様々な工夫をしている。
たとえば、指へどのようにして体重を載せるのかの工夫だ。
目が見えないと、テレビや映画などの視覚情報がないため、趣味や楽しみが大幅に制限される。
だから、夜に客が来ないとヒマで仕方ないのだという。
すると夜は焼酎を飲み過ぎてしまう、と時々こぼす。
カラダというのはすべてが繋がっている。
そのことが、よくわかったうえで、凝りがどのように連携して入るかを知らないと、ほぐせない。
たとえば頭の付け根は目の神経が集まっているため、深い凝りの巣窟となりやすい。
仕事柄「やられやすい場所」というのがあって、筆者は右側が凝る。
手はパソコンでマウスを使うため、左より悪い。
足も右が凝りやすい。
原因はクルマのアクセルとブレーキ。
あと左腕はときどき自称「カメラ肩」になることがある。
右はシャッターを押すため、ホールドする力は弱くなるわけだ。
そのためカメラをホールドするのは、主に左手となり、徐々にやられるのだ。
手と足は毎日実によく使っている。
どの仕事も例外なく、といっていいだろう。
少しの時間でも、片手片足を使わず生活してみれば、それがどれほどのものかは、いやというほどよくわかるだろう。
だが痛みが出ると、自然に動かしたくなくなる。
すると、その分のツケがどこかの部位に影響して、結果はドミノ倒し。
どこにも痛みが無く、軽やかに動かすことができる肉体は貴重だ。
その価値は計り知れないにもかかわらず、良い性能を維持させようと考える人は少ない。
壊れてはじめて、その価値に気づいても手遅れなのにだ。
さらに、実際にそれを実行しようとする人の割合は、輪を掛けて少ないのが現実だ。
本来、最優先でコストを割くべきことではないだろうか。
そういえば、このコラムの一番最初の記事も、同じようなことを書いていたなあ・・
となぜか思い出した。
おまけ
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