タカダイオン電子治療器との出会いのきっかけとなった友人は、状態が悪化。
8月になってからは、自宅からホスピスへ。
ホスピスは1967年、シシリー・ソンダース博士によって開設されたロンドン郊外の聖クリストファー・ホスピスに始る。主にがんの末期患者の全人的苦痛を、チームを組んでケアしていこうというもので、日本では1981年に浜松の「聖隷ホスピス」、1984年に「淀川キリスト病院ホスピス」が開設されました。
ホスピス・緩和ケアの特色としてチーム・アプローチがあります。患者と家族を中心に、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどの専門職とボランティアとで構成するチームによるケアです。
現在、日本全国で213施設・4,230床(2011年4月1日現在)あるホスピス・緩和ケア病棟(医療保険制度による承認施設)で提供されている緩和ケアの対象となるのは、「主として末期の悪性腫瘍(がん)の患者または後天性免疫不全症候群(AIDS)に罹患している患者」と定められています。然し、ホスピス・緩和ケアは、此れ以外にも、訪問診療・訪問看護・訪問介護などによる在宅ケア、一般病棟での緩和支援ケアチームによる緩和ケア、ホスピス・緩和ケア専門外来、或いはまだあまり普及していませんがホスピス・緩和ケアのデイケアなどがあり、必ずしも末期(治癒不可能)であることを前提としない場合もあります。
この治療器と出会うきっかけとなった、友人のALSは病院では治療する方法がない難病だ。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は難治性の神経変性疾患で,大脳から筋肉に命令を出して動かす運動ニューロンが徐々になくなる病気だ。
呼吸機能を含め自発的な運動機能がなくなるまで進展する。
処方されている薬はリルテックのみで、睡眠導入のためコンスタンを服用されているという。
リルテックがが有効だという決定的な証拠はないが、他に薬剤がないので許可された薬剤。
効果があった場合でも、進行を遅らせるというだけで、治療する機能は無い。
有名人ではルー・ゲーリックが発病。
そのためALSは「ルー・ゲーリッグ病」とも呼ばれていた。
ホーキング博士は、60年代、学生のころに筋萎縮性側索硬化症を発症。
ブラックホールなどを研究し、現代理論的宇宙論に多大な影響を与え、「車椅子の物理学者」としても知られる人物だ。
通常、発症から5年程度で死に至る病気だが、途中で進行が急に弱まり、発症から50年以上経過しても健在。
意思伝達のために重度障害者用意思伝達装置を使い、スピーチや会話では、コンピュータプログラムによる合成音声を利用していた。
本当に治す方法はないのか?
と模索しながらやっとここまで漕ぎ着けたのだが・・
こうなってくると、時間との闘いだ。
ALS関連のブログは少なくない。
ブログ村で 病気ブログを探してみると 筋萎縮性側索硬化症
筋委縮性側索硬化症(ALS)はなぜ褥瘡(床ずれ)になりにくいのか?
このブログ運営者のプロフィールを見ると、事故って首の骨を折り寝たきりになっている。
だが様々な工夫は多くの人を元気づけるはず。
友人は発病してから5年。
現在手足を動かせなくなっているため、視線でコントロールするノートブックパソコンで意思の疎通を計っている。
そのため筆者ともメールをやりとりはできる状態だ。
これはイメージなので本人とは関係ありません。
病気は待ってくれないので、急遽来週アタマに、会いに行く予定。
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