医学統計調査の落し穴
多くの方は、野菜や果物の摂取が多いのは健康にいいはずだ、だから「ガン」の予防にも効果があるのでは?というイメージをお持ちの方が多いのではないだろうか。
確かに野菜や果物の摂取量が多いと、喫煙率や飲酒量や摂取カロリーや肥満の程度が低くなる傾向があり、運動量も多いというデータは存在する。
ガンの予防に良いとされる生活習慣(禁煙、禁酒、運動、標準体重維持、カロリー制限など)との関連性はあっても、野菜や果物の摂取が多いとガンを予防することができるという効果は。確認されていない。
野菜や果物ががんを予防する可能性が最初に報告されたのは1975年頃。
この年、ニンジンなどに含まれるビタミンAの摂取が少ない人は肺がんになるリスクが高いという研究結果が報告されているためだ。
1990年代の初めまでに行われた疫学研究や臨床試験の多くで野菜や果物の摂取はがん予防に有効という結果が得られている。
多くの動物実験で、野菜や果物に含まれる成分のがん予防効果が証明されている。
野菜や果物に含まれるビタミンやミネラルやポリフェノールや食物繊維などのがん予防効果に関する基礎研究も多く報告され、野菜や果物は抗酸化作用や抗炎症作用やがん予防作用をもつ成分の宝庫であることが報告されていたのだ。
この当時の研究を総合すると、多くの研究者は野菜や果物の摂取が多いほどがんの発生率が低下し、野菜や果物の摂取を増やせば、がんの発生リスクを半分以下に減らせるような印象を持っていたというわけだ。
だが2007年に発表された同じ専門家会議の最新のレポートでは、1997年の「確信できる証拠」という表現から、「可能性がある」とか「制限された示唆」という弱い表現になっている。
つまり、1997年以降の大規模なコホート研究では、野菜や果物の摂取が多くてもがんの発生を予防する効果が証明できなかったのだ。
ケース・コントロール研究とコホート研究
ケース・コントロール研究(Case-control study:患者対照研究)は、後ろ向き(retrospective)の研究とも言われている。
この研究方法は、ガンが発症した人と発症しなかった人を、過去に向かって解析し、ガンの発生に関連する要因を明らかにする方法だ。
一方、コホート研究(Cohort study)は前向き(prospective)な研究と言われる。
ある危険因子にさらされた人々とそうでない人々で、将来どのような病気になるかを、現在から未来に向かって解析を行う研究のことを指している。
例えば、「喫煙と肺がんの関連性」を調べる場合、ケース・コントロール研究では、すでに肺がんになった患者群(症例群)と年齢や性をマッチさせた健康人(対象群)を比べて、どちらに喫煙者が多いかを調べる。
肺がん患者群に喫煙者が多ければ、喫煙が肺がんの原因になっている可能性があることになる。
一方、コホート研究の場合は、最初に健康人の大集団(コホート集団)の喫煙状況を調査し、その後長期間にわたって肺がんの発病や死亡の状況を調査する。
喫煙しているグループから肺がんが多く発症すれば、喫煙が肺がんの原因になっている可能性があるということになるわけだ。
100人の肺がんと100人の健康人を比較するケース・コントロール研究では調査対象は200人程度ですむという利点がある。
一方のコホート研究は、10000人を対象にスタートして10年間で発生した肺がん100人を解析するような研究方法だ。
コホート研究の方が費用も時間もかかるが、信頼性は高くなる。
ケースコントロール研究では、結果が早く判るという利点はあるが、過去の遡って調べなければならないので、様々な偏り(バイアス)が入り込む余地が多く、コホート研究より信頼性はかなり低くなってしまう。
疫学研究の解釈に注意が必要な交絡因子
野菜や果物の摂取と、がんの発生の両方に関連している因子があると、結果に影響する可能性が生まれる。
このような因子を交絡因子(confounding factor)と呼んでいる。
喫煙と飲酒
喫煙や飲酒の多い人は野菜や果物の摂取が少ない、というはっきりとしたデータがある。
野菜や果物を日頃から多く食べている人々は食事だけでなく、いろんな面で健康的な生活を実践している人が多い傾向にあるのだ。
タバコやアルコールに出費が多い人は、果物にまで手が回らない。
つまり果物を多く食べている人(多く食べることができる人)は、経済的に裕福で、他の環境も良好である可能性があるのだ。
野菜や果物の摂取が多いグループでがんの発生率が低いという結果が出ても、こうした発がんに関連する交絡因子の影響を除外しておかないと間違った解釈になってしまう。
喫煙は、がんの種類(肺がんや喉頭がん)によっては発がんリスクを50倍くらい高める。
一方、野菜や果物を多く摂取しても、がんの発生を10%減らす程度の効果しか無いのだ。
したがって、喫煙の発がん促進効果は野菜や果物の摂取による発がん予防効果の500倍くらいになるのだ。
そのため対象の中に喫煙者が混ざっていると、かなりの影響を受けることになる。
1997年の専門家会議で「確信できる証拠」があると報告されている口腔・咽頭・食道・胃・結腸直腸・肺のがんは、いずれも喫煙や飲酒で発生率が上がることが知られている。
野菜や果物の摂取の多い人は少ない人よりも喫煙率も飲酒量も低いので、その影響がある可能性が高くなるのだ。
1990年代までのケース・コントロール研究では、喫煙や飲酒といった交絡因子の影響を十分に除外できていないとケースが多かったのだ。
その結果、多くのケース・コントロール研究では、野菜や果物の摂取ががん予防に効果があるという間違った結果が多数出ているのではないだろうか?
そして、より信頼性の高いコホート研究では、野菜や果物の摂取によるがん予防効果が出ていないのが現実だ。
そのため、野菜や果物のがん予防効果の見直しが必要になっている。
このような疫学研究では、交絡因子の影響を排除するような統計処理がされるのだが、排除が困難な場合も多くあるのが現実だ。
例えば、「緑茶を多く飲む人はがんが少ない」ということも、緑茶を多く飲む人は生活にゆとりがあって、ストレスが少ない人が多いためかもしれないのだ。
ストレスはがんの原因として重要だが、ストレスの過多を評価し、統計処理に反映させることは困難なのだ。
同様に、「果物の摂取が多い人は循環器疾患の発症率が低い」という結果が出ていても、喫煙の影響は排除できても、ストレスの違いを排除することは難しいのだ。
しかし、果物の摂取の多いひと(果物をたくさん食べれる人)は、経済的に裕福で、生活環境も良く、ストレスも少ない可能性は十分にあるはず。
果物を多く食べられる経済的・精神的な余裕が、ガンや循環器疾患の発症を減らす効果はあるはずだ。
ストレスはがんと循環器疾患のリスクとして重要な要素だからだ。
医学の研究は意外にも流行に流されやすい
食事ががんの発生率に関連することは多くの研究者が認めている。
世界中で地域によって発がん率が何倍も違うのは、食事の内容が関連しているというのは常識になっている。
ただ、医学の研究においては、流行に流され、間違った考えが主流になることが多いことも事実なのだ。
ニンジンなどの含まれるβカロテンのがん予防効果を検討する臨床試験が行われた。
しかし、予想に反しβカロテンの摂取が喫煙者で肺がんの発生が増えるという事実が明らかになってしまったのだ。
βカロテンが喫煙者に肺がんの発生を促進するというのがはっきりしたのは1996年のこと。
米国国立がん研究所は1996年初頭に「ベータカロテンの栄養補助剤は、がん予防効果がないだけでなく、肺がんのリスクを高めるおそれがある」と発表している。
その当時、がん予防の研究者は全て、βカロテンはがんを予防する魔法のサプリメントだと信じ誰一人疑う人はいなかったのだ。
それが、がんを促進する作用があるという結果が出たわけで、まさに青天の霹靂。
それまで、動物実験でもβカロテンががんを促進するというデータは報告されていなかったのだ。
だが臨床試験のデータが出てからは、βカロテンががんを促進するという研究が短期間に数多く報告されている。
つまり、ほとんどの研究者が、「βカロテンはがんを予防する」と信じていると、実験で「βカロテンはがんを促進する」という結果が出ても、「この結果はおかしい、実験に間違いがある」と思ってボツにしてしまうわけだ。
あるいは論文として提出しても、レフリーがそんなはずは無いということで論文掲載を却下していたのだ。
しかし、臨床試験でβカロテンが喫煙者で肺がんを促進するという結果が明らかになってからは、そのような論文は却下されることなく表に出ることになった。
このように、研究者の思い込みで、事実がねじ伏せられることは、大いにあり得るのだ。
つまり野菜と果物のがん予防効果は過大評価されていたわけだ。
筆者は、野菜や果物は、お好きなら食べ過ぎない範囲でどうぞ、という姿勢だ。
むしろ、禁煙や節酒や適度な運動やストレスをためない生活の方ががんの予防には重要なのではないだろうか。
そのような生活習慣を実践するためには、野菜や果物の多い食生活が役に立つかもしれない。
資料
野菜と果物は本当にがん予防効果があるのか?から一部引用しています。
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