今日はメモのメモであります。
信じるか信じないのかは、あなたの自由です。
念のため。!
保江邦夫先生の本から学ぶべきこと:「我が国は上へ行けば行くほど霊理でござる」
日本のトップエリートほど霊能力者の治療を受ける!
保江先生個人の場合、大腸がんステージ4の末期がんで、まずは普通に岡山大学病院で手術を行った。
多くの一般人も同じように、ステージ4の末期がんになれば、日本の大学病院に厚生労働省から通達されている同じルーチンの処方箋通りの治療を受けるだろう。
したがって、大半の一般の患者は、そこで医師が患者に告げる、余命5年の予測通りに余命5年以内で死去する。あるいは、死去しただろう。
しかしながら、保江邦夫先生は、2分30秒の物理的生理学的死去をし、臨死体験をしたにもかかわらず、その後、余命5年をクリアし、完治した。
だから、いまも年に数冊のご著書をお書きだ。
この差はどこから来たのか?何が違ったのか?
保江先生は、大学病院の処方ルーチンである、抗がん剤に頼らなかった。
自力し、自分の頭で考えて、この際はマリア様の力、イエス・キリスト教の力を信じ、フランスのルルドの泉の奇跡を信じた。
そして、わざわざ治療後すぐにルルドの泉まで行ったのだ。
そして、そこでプラスティックのタンクにルルドの泉の聖水をたくさん持って日本へ戻った。
すると、5年後には一切のがん細胞が消えたのであった。
これを単なる偶然だと思うか、いやそうではない、この世界には摩訶不思議な力が存在するのだと思うかの違いである。
東大医学部の教授の場合
保江先生と東大医学部救命救急の外科医だった矢作直樹先生は初対面のときから親友となった、シリウス三兄弟の長男、次男、三男坊の関係らしい。
三男はやはり東大医学部現職の外科医のマサ先生という人らしい。
そこでさらりと記載されていることは、保江先生が、余命5年をルルドの泉の聖水の奇跡で見事クリアした頃、一応念の為に、またがん細胞ができていると困るからということで、末期がんだった人におすすめしているのが、業捨(ごうしゃ、こりとり)という代替医療だった。
業捨は、空海直伝の古代中国から学んだ秘術らしいが、その空海が夢枕に出てきて、「お前ならできるからやれ」と言われてやり始めた広島の先生がやることになった治療法であるという。
矢作先生は、この業捨の先生に、保江先生を紹介し、そこで業捨を受けさせたのである。
これで、また保江先生が健康になり、さらに何年も若返ったらしい。
こういうのは、これまでの保江先生の話を読んだ人ならある程度ご存知だろうことである。
今回、その本に書かれていたのは、もっと興味深いことで、なんと矢作先生は、だれからその業捨のことを聞き知ったかというと、同じ東大医学部の現役の教授レベルの医師たちからだったのだ。
そして、東大病院の医師たちが、自分で治せない病気は、かならず自分の患者をその業捨の先生のとこへ密かに連れて行って治療し、完治させていたのだ。特に、自分に取り大事な患者の場合である。
そして、東大病院の医者や教授たちが自分がやばい病気にかかった場合も、東大で自分が育てた後輩医師に見てもらうのではなく、そういう業捨の先生のところへ行って治してもらっていたのである。
矢作先生も、自分の患者で自分には治せないという不治の病の患者を業捨の先生に連れて行って完治させたのである。
そういう実際の実績があったればこそ、保江先生が矢作先生と知り合いになり、病気のことを聞き知るにおよんで、その業捨の先生を教えたというわけだった。
大半の医者や病院は治せない
要するに、我が国だけではないが、我が国のエスタブリッシュメント、特に医療のトップの地位にある医学者、科学者、こういう人たちでも、いくら最新科学の最先端に自分がいて、自分の治療にいくら自信を持っていたとしても、所詮は最先端科学でしかない。
だから、実際に患者を助けることができるものはごく限られたものでしかない。大半の病気はまだ完治させることができない。
そういうことを一番知っているのは彼ら自身なのだ。
そういう彼らだからこそ、もし本当に何らかの力で完治させる能力者がいたとすると、マスコミやメディアや一般社会には知られないようにして、こっそり自分たちで実地見聞し、その真偽を確かめているわけだ。
そして、それが本当の奇跡の場合には、自分自身、自分の家族、自分の親友、こういう身内を、一般社会に知られないようにして、能力者の治療を受けさせ、完治しているのだ。
こういう事実を知ってほしいということだ。
では、なぜこれが我々貧民層にはできないか?
というと、これがまさにお金の問題である。
つまり、富裕層だからこそ、東京から広島、あるいは、日本全国どこへでも自分の車や飛行機や新幹線で簡単に行ったり来たりできるわけだ。
フランスのルルドの泉まであっという間に航空券を手配して聖水を飲みにいける。
仮に、能力者がただで処置してくれていたとしても、あるいは安価でやってくれたとしても、そういう場所へ出向くだけでも普通の人はお金がかかってなかなかそういう事ができない。
要するに、金に糸目をつけないという場合に、金に糸目をつけないでいられるのは富裕層や大学教授クラスのA層だけであって、我々B層にはそんな芸当ができないということなのである。
イエス・キリストのように、あっちからこっちに診に来てくれるなら別かもしれないが、「打て。さらば開かれん」とはいってもなかなかそのドアをノックしにはいけないのである。
ドクタードルフィン先生こと松久先生の場合は、DNA治療という特殊な能力の治療で、ハゲを一瞬にして黒々とした髪の毛に変えるらしい。まさに超能力だ。
この治療にいくらかかるか?
それは私は知らないが、相当にお金はかかるだろう。
我々は、一般の保険治療くらいしか施してもらえない。
一部の幸運の人は、最先端治療の被験者の権利を得て、パーキンソン病や末期がんなどの不治の病の治療をしてもらえるだろう。
それが有効な場合には完治できるだろう。
例えば、去年のノーベル生理医学賞の本庶先生のオプシーボを投薬してもらえるだろう。
しかし、1粒何百万円とかそういう薬は富裕層しか買えないだろう。
結局、すでに有効性より危険性の方が高いことがわかっている昔の抗がん剤であったとしても、我々が普段行くような地方の末端の医療機関(場末の病院)では、20年前の治療を行うだけに終わるだろう。
そして、保江先生のもう一人の盟友である、三度の行き帰りの臨死体験者の木内鶴彦さんがおっしゃったとおり、普通の人は医者におまかせする=自分の命を医者に預けることだろう。
木内さんがいうのは、医者に命をあずけるということは、自分で自分の命を守ることを放棄することだ、ということらしい。
だから、こういう患者はまず助かったためしがないというのだ。
保江邦夫先生の場合のように、自分の命を医者に預けず、自分で自分に必要な治療を探して見つけ、それを信じる。
こういう精神状態が生き残るためには必須だというのだ。
もし東大病院の教授が、自分が育てた、一般人からすれば最優秀の医者の腕を信じて、その弟子に自分の命を預けたら、まず100%死ぬらしい。
だから、彼らはこういうらしい。
「俺の命を自分の弟子に任せられるか?」
「自分の娘は弟子なんかには絶対診せないよ」
こんな按配で、日本社会のトップエリート層は、神社の神主だとか、お寺の住職だとか、占い師とか、合気道の先生だとか、中には一般人の中にいる、能力者、超能力者、こういう人を探しておいて、然るべき時には然るべき治療を受けている。
それをお互いに治療しあっているということなのだ。
だから、一般人には、そういうものはオカルトで偽物だ、そんなことあるはずがない、と思われていたほうが都合良い。
だから、彼らエスタブリッシュメントは、オカルト否定番組を別に否定しない、のである。
そういうことは、知る人ぞ知る。知っている人は知っている。
分かる人は分かっている。わからないやつはハイそれまでよ。
これで良いのだ。
というわけだ。
保江先生の本から本当に学ぶべきこととはこういうことなのである。
自分の主治医は自分で書いたように、「自分の主治医は自分」です。
自分のがんは、自分で治す。
その第一歩は、食べるものを選ぶこと。
無節操に美味しいもの、好きな食べ物ばかりを食べていると、そのツケは必ず回ってきます。
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参考になれば、幸いです。
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