奇跡の治療薬その2に引き続き、ベンズアルデヒドの作用メカニズムについて。
解明されつつあるメカニズム
東風博士は入退院を繰り返され2010 (平成22)年3月14日、ご家族に見守られ、穏やかに最期を迎えられました。
享年98歳でした。
その後齋藤潤医師が、慶応大学の研究員として、2011 (平成23)年からベンズアルデヒドの基礎研究に携わるようになりました。
綱胞が増殖する仕組みを説明すると、細胞のレセプターに酵素の働きで増殖因子が結合し、タンパク質がリン酸化することで活性化し、情報のシグナルをリレーのように伝えていきます。
そして、最終的には遺伝子の核に情報が伝わり、増殖が始まります。
通常は、ブレーキ役のタンパク質の働きによって必要以上の増殖は制御されていますが、このブレーキが利かなくなり、際限なく増殖するのががん細胞です。
体内にはリン酸化を止めさせる働きをしている酵素もたくさん存在していますので、脱リン酸化してしまうこともあります。
ところが、リン酸化を維持し、がん細胞の活動を維持する別の種類のタンパク質もあるのです。
これ以降はそのタンパク質の種類を「アダプタータンパク質」という表現で説明していきます。
齋藤潤医師はこのアダプタータンパク質の作用をベンズアルデヒドが抑制することを発見したのです。
ベンズアルデヒドは悪玉タンパク質を抑制する
悪玉タンパク質をわかりやすくいうと、がん細胞の中で暴れている存在といえます。
がんの増殖する経路は、先に述べたmTORを有する経路だけではなく、Ras/Raf/MEK/MAPKから構成されている経路など幾通りもあり、これらの経路が活性化している状態にあります。
この経路の、ある一つのタンパク質に作用し、がんが増殖するときに発信するシグナルを阻害しているのが分子標的薬です。
例えば、中央線にはたくさんの駅がありますが、このうちの新宿駅をストップさせると、中央線全体に影響が及んで使えなくなります。
つまり、分子標的薬は新宿駅という一つのタンパク質を阻害することで情報伝達のシグナルを断ち切り、その経路である中央線全体を使えなくするように、がんの増殖が抑えられる仕組みです。
その中でも有効とされている経路の一つが、mTORという駅のある経路ですが、ベンチャー企業の研究でベンズアルデヒドもここを阻害していることが明らかとなりました。
そのため、分子標的薬と似たような作用をしていると考えられたのです。
ところが、その後の研究によってmTORだけに作用するのではなく、他の経路をベンズアルデヒドが阻害していることが確認されました。
それは、いろいろな経路でリン酸化しているところにくっ付いて活性化を維持している悪玉タンパク質の結合を、ベンズアルデヒドが抑制していることがわかったからです。
分子標的薬は一つのタンパク質をターゲットにして狙い撃ちしているのに対し、ベンズアルデヒドは悪玉タンパク質に作用し、くっ付いている部分に結合して抑制することで多くの経路を阻害しているということです。
経路がいくつもあれば、 一つの経路を抑制しても別の経路が活性化してくるために、がんの増殖を完全に止めることはできません。
しかし、いくつもの経路を同時に抑えることができれば効率が良いうえ、それだけ抗がん作用も高まるわけです。
東風博士の臨床でも、ベンズアルデヒドを投与してから効果が現れるまでの期間が2-3カ月と比較的短く、また腫瘍が縮小、あるいは消失している症例が多かったのは、こうした複数の経路に作用していたからと考えられます。
東風博士がベンズアルデヒドの治療薬を開発し、臨床を行っていた時代は、残念ながらアダプタータンパク質の存在が認識されていませんでした。
ですから、ベンズアルデヒドががんに効果があると訴えても、どこに作用しているのか明確な説明ができず、多くの研究者からは「そんな都合の良い物質があるはずはない」と無視されたように、想像できなかったのです。
ただ、ノルウェーのペツターセン博士は、1985年(昭和60年)に「ベンズアルデヒドのメヵニズムは、ベンズアルデヒドががん細胞のタンパク合成を阻害することが効果の主な原因で、生体化学の基本物質ともいえるベンゼン核ががん細胞を攻撃すると考えられる」という実験結果を発表していました。
当時からペッターセン博士だけは、ベンズアルデヒドの作用機序をいち早く見抜いていたと思われます。
それが、ここ20-30年の間に分子生物学が目覚ましい進歩を遂げ、悪玉タンパク質の存在が明らかになりました。
2007年以降は、アダプタータンパク質ががんに関わっているとする論文もわずかですが見られるようになってきています。
基礎研究については先に述べたように、悪玉タンパク質の存在がわかれば、それを阻害することでがんに有効な治療薬ができるであろうという発想は、研究者なら誰にでもあると思います。
がんに特異的に悪さをしているのはアダプタータンパク質の一つである悪玉タンパク質であり、これだけを阻害できれば良いわけで、そういう薬は今のところ開発されていません。
それを、ベンズアルデヒドの治療薬は実現してしまったのです。
しかも、正常細胞には悪玉タンパク質の発現が少なく、ダメージを与えることがないので、長期にわたって投与しても髪の毛が抜けるとか、強い吐き気や嘔吐などの副作用が一切起こらないのです。
また、いっぺんにいろいろな経路に機能することで、薬剤耐性も起こりにくいのが大きな特徴です。
特に膵餞がんに優れた効果を発揮
現在、安全性が確認されているベンズアルデヒドの治療薬は、内服薬(CDBA)と坐薬の2種類です。
東風博士が治療に当たっていた当初からいわれていたのは、特に膵臓がんと悪性リンパ腫に効果が見られるということでした。
実際に、齋藤潤医師を中心に行っている臨床でも、膵臓がんと悪性リンパ腫に対し、特に有効性が高いことを確認しています。
例えば、膵臓がんのケースでは、関西の大学病院でステージⅣと診断され、化学療法を受けていた患者さんが数ヵ月の余命を宣告されました。
すぐにCDBAによる治療を行ったところ、がんが縮小したのです。
その後、大学病院に戻って定期的に検診を受けていますが、縮小を維持し、元気に過ごしているそうです。
これによって担当医は、ベンズアルデヒドの存在を知り、関心を示しこのように、膵臓がんについては効果を示す症例が多いのです。
しかし、残念ながら効果がなく、腫瘍マーカーもそれほど下がらない患者さんも中にはいらっしゃいます。
それでも、がんによる痛みはかなり軽減されていることが、がん患者さんに共通している特徴です。
膵臓がんは、他のがんに比べて転移や再発しやすく、予後が悪いことで知られています。
それは、膵臓がんの発生場所に起こる複雑で強い間質反応があるからです。
間質反応とは、がん細胞の周りに線維芽細胞が増殖してコラーゲンが分泌され、その中にさまざまな炎症細胞や血管が複雑に絡み合った構造ができることをいいます。
もちろん他のがん種でも浸潤すると間質反応は起こってきますが、とりわけ膵臓がんではその反応が強いことで知られています。
その結果、がん組織の主成分を問質反応で占められ、腫瘍内から生検で採取された組織にがんが見つからないこともあるほどです。
間質反応が強いと血流が低下するため、膵臓のがん細胞は常に血流に乏しい「低酸素状態」にさらされています。
この過酷な環境の中で生き延びるがん細胞は、より丈夫で悪い細胞へと変異しながら育つので、悪性度が高くなると考えられています。
そのため、膵臓がんではがん組織に抗がん剤などの薬剤が浸透しにくく、効き目が悪いので予後の悪いがん種といわれているのです。
このような膵臓がん特有の性質から、進行してくると腹膜に沿うようにがん細胞が増殖し、腹部がガチガチに硬くなって痛みが強く表れてきます。
ところが、CDBAを投与すると、悪玉タンパク質の活動を阻害することで間質反応が抑えられ、腹部が硬くならないのです。
効いていない患者さんでも、痛みはかなリコントロールされており、苦痛を訴えることがほとんどありません。
膵臓がんでCDBAが高い効果を示すのは、別の経路にも作用しているからです。
がん細胞の増殖には、さまざまなシグナル伝達する因子が関わっていますが、膵臓がんではほぼすべてにおいてKRAS (ケイラス)遺伝子に変異が認められています。
KRASは細胞の増殖に関与する遺伝子の一つで、EGFR (上皮成長因子受容体)が出す細胞増殖のシグナルを受け取って核に伝達している経路の一つです。
そのため、変異したKRAS遺伝子はEGFRからのシグナルがなくても、常に細胞増殖のシグナルを出し続けます。
これによって発生したがんでは、シグナル伝達兼転写活性化因子で、細胞増殖、分化および生存などの過程を制御するSTATというタンパク質が深く関わっています。
STATには7種類あり、膵臓がんを含む胃・腸・肺など多くのがんでSTAT3が活性化していることが認められています。
膵臓がんの進行に対して、ベンズアルデヒドがmTORなどの経路だけではなく、STATを抑制することで、がんの増殖に必要なシグナルの伝達や転写(遺伝子の情報をコピーすること)を阻害しているため、がんの活動を止めることができるのです。
そのため、悪性リンパ腫でも高い有効性が確認されています。
特に膵臓がんと悪性リンパ腫には、ベンズアルデヒドの治療薬が目覚ましい効果を示すのです。
医師が他の治療との併用を嫌がる理由
私が大学病院に勤務していたときから耳にしていたことに、患者さんが化学療法を受けていながら、担当医に内緒で他のクリニックで免疫療法など別の治療を受けているという話でした。
患者さんに訊ねると、「先生に相談したらダメだといわれたので」という答えが返ってくることが多いのです。
しかし、担当医がダメだと言ったのには理由があります。
まず、用いている抗がん剤などがどのくらい効いているのか、その正確な評価ができなくなる可能性があり、次の適切な治療方針が立てられなくなるからです。
内緒で受けている治療法と抗がん剤の、どちらが効いて良い結果が出たのか、わからなくなるということです。
また、もう一つの理由として、患者さんが内緒で併用していると、思わぬ副作用が現れる可能性があることです。
特にガイドラインで認められていない治療を受けていると、それによってどのような影響が患者さんに及ぶかわかりませんので、とても危険だからです。
医師はわからないから警戒し、リスクを極力避けたいと考えます。
実際に、がん患者さんが別の治療を受け、重篤な副作用に見舞われた症例が報告されています。
別の治療を受けていたことを担当医はそれを知りませんので、抗がん剤による副作用と考えました。
しかし、患者さんに詳しく状況を聞いて、初めて別の治療も受けていたことが判明したのです。
その後、副作用に対する処置を行って事なきを得ましたが、その間は化学療法が中止となりました。
このような二つの理由から、担当医が自分の目の届かないところで別の治療を受けることを嫌がり、ダメと言ったと考えられます。
しかし、患者さんにしてみれば命にかかわるだけに、何でも試してみたいと思うのは当たり前のことです。
以前の私がそうだったように、ベンズアルデヒドの存在を多くの医師が知りません。
どのような薬なのかわからないものを、自分の患者さんに投与することを認めるわけにはいきません。
ですからベンズアルデヒドの研究を進め、がんに有効かつ安心・安全であると、世の中に認知される必要があるのです。
中には、患者さんの意思を尊重してCDBAの服用をしぶしぶ認め、不本意ながら化学療法との併用という形で治療を進めることもあります。
これで劇的な効果が現れたことで、それ以降は積極的に協力してくださることもあるのです。
幸い、ベンズアルデヒドには副作用がほとんどないため、化学療法と併用しても安全であることが、臨床で確認されています。
ベンズアルデヒドの治療薬は全身状態を改善する
化学療法の弱点は、副作用の激しさにあります。
それくらいでなければがん細胞を叩くことができないわけですが、長期にわたって投与されれば患者さんの体力は消耗し、食欲も低下するためにますます体が弱ってしまいます。
がんには勝っても、命が尽きてしまっては元も子もありません。
また、精神的負担も大きく、苦しんだ末に効果がなかったときの落胆や、がんによる痛みから「うつ病」になる患者さんもいるほどです。
患者さんの多くは、治療の効果を常に気にし、データが良いと喜び、悪いと落ち込んで不安に過ごしています。
実は、悪玉タンパク質はストレスの影響を受けやすく、ストレスによっても発現が高まることが確認されているのです。
ストレスは刺激ですから落ち込んだりするだけではなく、体に負担をかける肉体的ストレスでもがん細胞の働きを活発にし、増殖してしまう可能性があるわけです。
「病は気から」といいますが、まさに精神的にも肉体的にもストレスは、心身に大きく影響を与えています。
不安を減らして明るく、笑顔でいることが、悪玉タンパク質を増やさない方法でもあります。
こうした患者さんの精神的・肉体的ストレスを軽減させるうえでも、CDBAは役立っていると考えられるのです。
まず、副作用がほとんどなく、痛みも軽減されることは肉体的ストレスを減らします。
さらに、患者さんにとって体力の維持につながるうえ、食欲の低下も防げます。
がんの状態が悪化すれば食事どころではなくなるため、普通に食事が摂れることは少なくとも悪化していないというバロメーターにもなり、希望が持てるようになります。
これによって精神的ストレスも軽減されます。
実際に、CDBAを投与していると、食事が摂れなかった患者さんが食べられるようになるなど、食欲が改善するケースが多いのです。
食事が摂れると体力もついてきて、気持ちも前向きに変化してきます。
アルツハイマーにも有効の可能性
ベンズアルデヒドの治療薬は、もともと東風博士が「がんの治療薬」として開発したものですので、現在では齋藤潤医師もがんと関連した基礎研究を行っています。
悪玉タンパク質の機能を調べていくと、がん以外の疾患にも関わっていることが明らかになってきました。
これにより他の疾患に対しても、ベンズアルデヒドが効くのではないかという可能性が出てきたのです。
細胞内のタンパク質の存在量は、タンパク質の合成と分解のバランスによって調節されています。
それが、何らかの原因でこのバランスが崩れると、タンパク質のリン酸化が過剰に活性化します。
これによって一部のタンパク質が凝集し、不溶性の構造物となって神経細胞などに沈着して変性を引き起こしてしまいます。
これが「神経変性疾患」といわれるもので、代表的な疾患にはアルツハイマー病やパーキンソン病などがあります。
実際に、これらの疾患を患っている患者さんの脳を調べてみると、異常なタンパク質の沈着が観察されています。
この異常なタンパク質には、アミロイドβタンパク質やリン酸化タウタンパク質などあります。
これらがゴミとなって脳内に蓄積して引き起こされるのが、認知症の大部分を占めているアルツハイマー型認知症です。
中でもタウタンパク質は、加齢やさまざまなストレスによってリン酸化されることで神経細胞内に凝集し、細胞の機能に障害を及ぼしています。
このタウタンパク質のリン酸化の維持に関わっているのが、悪玉タンパク質です。
がんだけではなく、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患でも悪玉タンパク質が高発現していることが明らかにされています。
したがって、悪玉タンパク質の機能を阻害する作用を持つベンズアルデヒドは、アルツハイマー型認知症などにおいても神経変性の部分に作用し、進行を抑制する可能性が考えられるのです。
現在、アルツハイマー型認知症の患者数は250万人ともいわれ、高齢社会を迎えた日本では2035年には330万人を超えると推察されています。
そのため、治療薬の開発が急務となっています。
こうした状況においてベンズアルデヒドは、問題解決の突破口になるかもしれません。
慢性疼痛を解消する可能性
ベンズアルデヒドは、がんによる痛みを軽減する作用が確認されていますが、これとは別に「慢性の痛み」を軽減する可能性もあることがわかってきました。
ケガをしたときや病気になったとき、激しい痛みに襲われることがあります。
しかし、これは「急性の痛み」で、ケガや病気が治れば痛みも治まります。
ところが、治った後も1-3ヵ月以上続く痛みを「慢性疼痛」といって、近年の調査では約2000万人近くが苦しんでいると推計されています。
しかし、現在の治療に満足している患者さんの割合は4分の1程度にすぎず、多くは痛みを抱えながら生活しているとされています。
慢性的な痛みの多くは、中枢神経や末梢神経が損傷することで起こっています。
このような疼痛を「神経障害性疼痛」といって、身体にケガや炎症は見られなくても痛みが続く場合は、神経が原因である可能性が比較的高いのです。
神経の損傷による疼痛に慢性的なものが多いのは、神経系の症状はほとんどが表面化しないため、早期の治療が難しく、徐々に悪化していって知らないうちに慢性化している、などの理由が考えられています。
痛みというのは脳で感じるもので、末梢組織での痛みのシグナル(電気信号)は感覚神経から脊髄を通って脳に届けられます。
脊髄は脳と全身を結ぶ神経の連絡路で、外側に自質、内側にH字形の灰白質という組織があり、これらに守られるようにして中心部に大事な神経線維が詰まっています。
灰自質には前角、後角、側角という機能の異なる区分があり、痛みの信号は脊髄の後角を経由して脳に伝わって初めて「痛い」という感覚を私たちは認識しています。
この痛みのシグナルを伝えている経路の脊髄の後角に、悪玉タンパク質が高発現していることが確認されています。
ここでも悪玉タンパク質が活性化しており、痛みを引き起こしていたのです。
これに対してベンズアルデヒドが脊髄の後角に神経伝達をブロックすることで、痛みの感覚を抑えていると考えられるのです。
そうなれば、坐骨神経痛や多くの慢性疼痛に苦しんでいる人にもベンズアルデヒドの治療薬が効果を発揮すると思われます。
このように、ベンズアルデヒドは新たな可能性を秘めた薬といえるのです。
最終日標は注射薬とSBAの復活
東風博士が治療に当たっていた当初は、ベンズアルデヒドの治療薬に注射薬もありましたが、現在は内服薬共CDBA)と坐薬の2種類です。
それでも、これまで述べてきたように著効例が多く、効果がなかった患者さんでも痛みは軽減されるなど、何らかの効果は認められています。
これが注射薬であったなら、さらに効果が高まるに違いないことは容易に想像がつくのではないでしょうか。
注射薬と内服薬や坐薬では、作用に大きな差があります。
内服薬の場合は、服用した全部が効いているわけではないのです。
日から入った薬は、小腸で吸収された後、肝臓に運ばれて分解・解毒(代謝)作用によって薬の一部は化学変化を受けて効果を失ってしまいます。
残りの成分が肝臓から心臓に運ばれ、血液に乗って全身に届けられて効果を発揮するようになります。
例えば、頭痛がひどいときに鎮痛薬を服用したところ、腰痛や捻挫など他の部分の痛みも和らいだという経験はないでしようか。
これも、鎮痛薬が全身を巡ることで効果を得られた結果です。
しかし、がん治療となると、体力が低下していて食事が摂れない患者さんは、薬を飲むのもつらいものです。
そういうときに心強いのが坐薬です。
坐薬は肛門から挿入し、直接直腸の粘膜から吸収されて血管に入り、全身を巡ります。
つまり、小腸から肝臓に入るコースが省略されるわけです。
そこで、内服薬に比べて効き目の現れ方が速いうえ、肝臓を通らないので分解される割合が低くなります。
また、胃酸や消化酵素による分解も避けられるので、的確な効果を上げることができます。
ただ、薬を肛門に入れる動作をつらく感じたり、挿入するときに肛門の粘膜を傷つけてしまったり、下痢をしているときには使いづらいなどのデメリットもあります。
これらに対して注射薬の場合は、高濃度の薬剤を用いることが可能となるうえ、直接血管に入り、肝臓にいくより先に全身に有効成分が回るため、効率よく吸収されて効果を発揮します。
つまり、無駄が少ないのです。
したがって、注射薬には即効性や1回の持続力があり、また有効成分どおりの効果を引き出すことができるのです。
一方、内服薬のほうは薬が効きはじめるまでに時間を要し、即効性に欠けるところがあります。
このように、薬の形態によって効果も違ってくるのです。
最も効果的なのは注射薬であることは確実です。
特に当院の場合は、がんが進行して厳しい状況にある患者さんが多いため、即効性のある注射薬が必要なのは言うまでもありません。
さらに、開発の中断を余儀なくされたアスコルビン酸を配合した治療薬(SBA)も、ベンズアルデヒドだけで使用するより効果が強かったことが、東風博士の臨床で確認されていますので、ぜひ復活させたいと考えております。
アスコルビン酸には抗酸化作用があり、高濃度のものを投与するとがん細胞を死滅させる効果があることも認められています。
そのため、作用の異なるベンズアルデヒドと混合することで、かなりの相乗効果が期待できるのです。
このようなことから、ベンズアルデヒドの注射薬(BG)を早く復活させ、より有効性の高いSBAを製品化することを目標に掲げて研究を続けているところです。
サプリメントを足掛かりに効果を実感してもらうベンズアルデヒドを薬として認可されるには先の章でも述べたように、まず健康な人に投与して安全性を確認した後、今度は患者さんに投与して効果を見極め、なおかつ現在の治療薬と比較して有効性があることを臨床試験によって実証しなければなりません。
しかも、大規模な臨床試験が必要となるため、大手製薬会社や複数の大学病院などの協力が必要不可欠となります。
過去の経緯からもおわかりのように、フェーズⅡで足踏み状態となり、その先の大規模な臨床試験ができない状況にあります。
そこで、ベンズアルデヒドを早く世に出すためには、医薬品にこだわらず、まずサプリメントという形で患者さんに提供しようという考えもあります。
ベンズアルデヒドは東風博士の代から臨床を重ねてきた50年の実績があります。
その間、患者さんを危険にさらしたことは一度もなく、むしろ症状を改善したりQOLの向上にも役立っています。
安全性に関しては理化学研究所でも確認されていますので、クリアしていると自信も持っています。
さらに、齋藤潤医師の基礎研究によってベンズアルデヒドがなぜ効いているのか、そのメヵニズムも解明されつつあります。
これらに鑑みて、せっかく有効性が期待できる薬をこれ以上、眠らせておくわけにはいきません。
どのような形であれ、早く患者さんが使えるようにすることが急務であると考えました。
それにはサプリメントのほうが、かえって患者さんには手軽に飲めるうえ、使い勝手も良いと判断したのです。
だからといって誰もが気軽にとれるものであると、悪用されたり、偽物が出回ったりしてトラブルの原因にもなりかねません。
効果の高いものであると自信をもっているだけに、その効果を引き出せるようにきちんと管理しなければなりません。
これによって多くの患者さんが安心して服用でき、その効果を実感していただくことで、新たな道が開けるのではないかと思っています。
それが、ひいては治療薬としての認可、さらには注射薬へとつながるに違いないからです。
また、アルツハイマー型認知症や慢性疼痛にも効く可能性があることから、これらの臨床もいずれは進めていきたいと思っていますが、まず優先するべきはがんの治療薬です。
その点、機能性を備えたサプリメントであれば、他の疾患への対応についても実現が可能と考えられます。
当初は、ベンズアルデヒドに抗がん剤作用があることから、がん治療薬としての目線で捉えてきました。
ところが、徐々にベールが剥がされてくると、さまざまな可能性を秘めた物質であることがわかってきました。
単純な構造のありふれた物質だからこそ、いかようにも変化し、まだまだ私どもも知らない効果があると思われるため、サプリメントの開
発も慎重に行っているところです。
研究のネックになっている状況を改善
現時点では、研究段階ということで、これまでの50年間、ずっと無償で提供してきましたが、このままでは必要とする患者さんが増えれば増えるほど、研究の負担が大きくなってきます。
それを心配する患者さんの中には、服用し続ける必要があるにもかかわらず、無償提に遠慮して服用を止めてしまい、再発してしまったことが過去にはありました。
患者さんに気を遣わせる医療であってはなりません。
がん治療の場合は、 一度治っても再発したり、前とは別の新たながんを発症することもあり、予断を許さない状況にあります。
ですから、ある程度の期間は服用を続けることが必要となります。
何より、患者さん自身も不安を抱えていますので、再発予防を目的としてCDBAをしばらく服用するケースが多いのです。
今のところ、患者さんによって異なりますが、その期間は、もっと長く服用を続けることが最善と思われますが、平均して半年から1年ほどです。
このような対応を一人一人の患者さんにしているため、研究費の捻出が難しい状況になってきました。
これにより、ますます医薬品化の研究も遅れる恐れが出てきたのです。
その解決策の一つが、サプリメントでの提供です。
もう一つの解決策が、「研究費」あるいは「寄付金」という形で、CDBAや坐薬の原価分のみを患者さんに負担していただく方法です。
ベンズアルデヒドを世に出すことは、東風博士から引き継いだ悲願であり目標です。
それを達成するためには、まずベンズアルデヒドの存在を世の中に広めることが重要と考えています。
したがって、サプリメントにしても寄付金にしても高額にしてしまうと、今度は患者さんの負担が大きくなり、服用し続けることが困難になりかねません。
最近の風潮として、効果のある良いものは素材を厳選して有効成分の濃度も高いので高額になるのも当然で、手軽なものはそれなりの効果しか望めないなどと、価格と内容は比例するように思われています。
ですから、高額な商品ほど現代は売れるといわれています。
しかし、それは本意ではありません。
サプリメントであっても栄養剤などとは異なり、確実に効果が現れるようにCDBAと大差のない内容にしたいと考えているからです。
患者さんを最期まで診るのも治療の在り方
世の中にはベンズアルデヒドに限らず、標準治療以外にさまざまながんの治療法があります。
その多くは入院病棟を持たない民間のクリニックで行われています。
つまり、外来での治療になるということです。
しかも、ほとんどの場合で自由診療となっています。
現在の医療は、保険が適用される「保険診療」と、保険が適用されないために患者さんが全額を負担する「自由診療」があり、両者を併用する「混合診療」は禁じられています。
例えば、保険で認められている治療と認められていない治療を一つの医療機関で受けると、保険で認められている治療もすべて自由診療として扱われ、患者さんが全額負担になるのです。
治療効果を調べるうえで必要不可欠な血液検査やCT、MRI検査なども、保険が利かなくなるということです。
前項で触れたベンズアルデヒドの問題に関しても、以前より「自由診療にすれば解決するのではないか」という提案を、患者さんからいただくことがありました。
そうなると、通院できるうちは良いのですが、その後に悪化して動けなくなったとき、そこで基本的には治療が終わることとなります。
特に入院施設のないクリニックで外来治療を受けていた場合は、受け入れ先を見つけなければなりません。
見つからなかったときには在宅診療となりますが、その場合も容態が急変すれば救急搬送されて入院することとなり、ときには見ず知らずの医療スタッフに命を預けることになります。
その点、入院できる病棟があれば、全身状態が悪化して家で過ごすのが困難になった場合でも入院していただき、最期まで患者さんに寄り添って診療することができます。
医師は患者さんの病気を治すことが務めですが、がんは必ずしもそれを実現できるとは限りません。
ですから、ときには患者さんの心に寄り添う医療も必要となり、どのような状態であっても見放すことなく、状況に応じて適切な治療を責任もってきちんと行うことも重要なのです。
何より、顔見知りの医療スタッフに引き続き診療されることは、患者さんにとっても安心でき、心強いのではないでしょうか。
必要な治療体制も考え、世に出さなくてはいけないのです。
心が前向きになると免疫力も高まる患者さんの心が安定し、笑顔が見られるようになると、それに比例して治療効果が現れてくるように思えます。
これまで、免疫機能が高まるという話は聞いていませんでしたが、よくよく考えてみれば、そういう作用があっても不思議ではありません。
膵臓がんに対してよく効くメヵニズムとして、ベンズアルデヒドにはSTATを抑制する効果が挙げられます。
STATは、活性化していない状態においては細胞質に存在しますが、ヤーヌスキナーゼ(JAK)という酵素が活性化されるとリン酸化を受け、核内ヘ移行して目的遺伝子を活性化する転写因子として機能します。
この活性化経路は「JAKISTAT経路」と呼ばれており、これが制御不全の状態に陥っているとがんを発症し、がんの増殖や血管新生、また免疫抑制などが引き起こされます。
つまり、体内の恒常性(ホメオスタシス)の維持においても、STATは重要な役割を果たしているのです。
免疫は、細菌やウイルスなど体外から侵入した異物や、がんのように体内で発生した異常な細胞を排除して体のホメオスタシスを維持し、健康を保つ役割を果たしています。
これには自血球といわれている免疫担当細胞が関わっており、この細胞から分泌されるサイトカインというタンパク質がJAKISTAT経路を介して情報伝達を行うことで、免疫システムが機能しています。
したがって、STATが活性化すると、がんの活動も活発になるだけではなく、免疫システムも抑えられてしまうため、もともと体に備わっている免疫の力でがん細胞を排除することができなくなっているわけです。
これに対し、ベンズアルデヒドがSTATを抑制することによって免疫システムの抑制も解除されます。
そうなれば、免疫も本来の機能を果たすことができるようになり、体内の恒常性も維持されるのではないかと思われるのです。
こうして免疫システムも機能しはじめ、患者さんの免疫力が向上してくるとも考えられます。
ベンズアルデヒドによる効果が得られた患者さんの全身状態が改善し、QOLが向上するのは、免疫活性が起こったと考えれば納得がいくのではないでしようか。
おわりに
ベンズアルデヒドというがんの治療薬に対して、この名前を初めて知った方がほとんどのはずです。
しかも、最新の治療薬ではなく約50年前に開発され、それが現在も当時と同じように用いられていることにも驚かれたことと思います。
通常は、業に限らずどんなに優れているものでも時代とともに古くなり、新しいものに取って代わられていきます。
それも当然のことで、技術が進歩しているのですから新しいものは進化しており、さまざまな機能性を備えています。
もはや古いものは、時代のニーズに合わなくなっているものです。
特に化学の分野は目覚ましい勢いで進化しており、今こうしている間も世界のどこかで新たな物質が発見されたり、治療技術が開発されています。
薬に関しても、常に新薬が登場し、私たち医師もそれを把握するのに苦労しているほどです。
ところが、ベンズアルデヒドの治療薬は違います。
50年も昔から研究がはじまり、現在でも通用するほど優れた有効性を保持し続け、これを超えるような機能性の高い抗がん剤が未だに開発されていないのです。
裏を返せば、あまりにも進化していたために時代のほうが追いつけず、当時の医学や研究技術では解明できなかったともいえます。
また、あまりにも登場するのが早すぎたために、思わぬ妨害にあったとも考えられます。
それが、ようやく現代になって解明できるようになったことで、それまで謎に包まれていたベールが剥がされ始めたのです。
しかし、まだまだ研究途中にあり、ベンズアルデヒドのメヵニズムが完全に明らかになったわけではありません。
現在の技術をもってしても、解明できない部分があるかもしれません。
それでも、他の医療機関で見放された患者さんが、ベンズアルデヒドの治療薬によって完治しているのは紛れもない事実です。
数例であれば「たまたま」とか「偶然」で片づけられてしまうところですが、50年間という年月を積み上げてきた実績は容易に否定できるものではありません。
参考文献
高橋亨・著・進行がん患者を救う「奇跡の治療薬」への挑戦 から一部引用しています。
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