よい仕事とは?

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仕事というのは文字通り、やりたい「事」に「仕」えることです。

仕事というのは、知恵を使い、新しいルールを作り、具体的な方法を考え、それを人に伝えることだと考えています。

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何故なら、それが結果として、人と自分に幸せをもたらすことになるからです。

    

効率を上げることで、関わる人をラクにする方法を考え出すと、見返りとして高い報酬を受け取ることができます。

これは宇宙の法則なのですから、当たり前のことです。

  

ですから、出来るだけ多くの方が、その恩恵を受けられるようにと、トレード手法は全て無料で隠さず公開しています。

今まで、30分ギャッププレイ、クイックマジックプレイ、神風ギャッププレイ、ガットボトムプレイなどを考え出しました。

   

これらのトレード手法は、完全にオリジナルな唯一無二の手法です。

ネーミングが良かったのでしょうか、神風ギャッププレイが米国のトレーダー向けの雑誌に掲載されたこともあります。

     

ですが、これを現実化するためには具体的な「作業」が必要になります。

「仕事」に付帯するこうした「作業」についての理想を言えば「作業」に関わる時間は少ない方がいいのです。

     

グーグルの検索エンジンを考え出した人は、それを具体化するための作業をする、プログラマーより高い報酬を手に入れることができます。

仮に大変な思いをして長時間汗を流した者が最も高い報酬を手に入れる事ができるというのなら、コンビニで忙しく働く人の方が、経営者より高給を取っているはずです。

  

時間を費やし、どれだけ大変な思いをしても、「作業」だけをしている限り、大きなお金とは縁ができないのです。

本当の「仕事」というものは、高い報酬をもたらしてくれるものなのです。

      

ですから「仕事」と、やるべき事柄という「作業」は、明確に区別して考える必要があります。

       

お金を正しくラクして稼ぎ、どんどん使うということは、高収入への王道となる道筋です。

ただ簡単にできる「作業」は、他人が真似するのも簡単です。

ですから、そういう「作業」に対する金銭的価値は、簡単に価値がなくなってゆきます。

     

あなた自身の内なる「志」を達成するのは、簡単なことではありません。      

ですが「志」というものは「自分という主観」を通して見ることで、それを現実化させることができます。

可能な限り客観的に見ているとしても、そうした観点は、すでにその人の主観となります。

       

何かを達成するには、こうした「志」という主観的観点は、絶対不可欠なものです。

ですが毎日の出来事は、世の中すべての事柄と何らかの関連性を持っています。

   

「トレードをする」という行為には、「パソコンの前に座る」「OSを起動する」「チャートソフトを起動する」「トレードソフトを起動する」「始まる前にトイレへ行く」「喉が渇いたので水を飲む」「音楽を流す」などの「作業」が伴います。

このように毎日発生する、現実で起こる様々な事柄というのは、膨大な量となります。

ですから、お互いがどういう因果関係を持っているのかなんて、どのように客観的に見ようと、分かるわけはないのです。

   

ですが「トレードをする」という観点では、「トイレへ行く」という付帯作業は、意識からは削ぎ落とされてゆきます。

このように何かを突き詰め「掌握」するためには、その人の「観点」というフィルターが必要になります。

    

私たちは、学校で「一人よがりにならないよう、できるだけ客観的に行動すれば、目的を達成することができる」と教えられ、そう思い込んでいます。

「結果をブログに掲載する」とか「問題点を見つけ改善する」などという作業は、成功率が上がることで、それに付帯する物事というものは変わってゆきます。

 

ですが「仕事=志=やりたいこと」で、誰をどう幸せにできるのか、という主観が欠けていると、どうなるでしょうか?

    

最も大事なことである、「自分が幸せになる」ことができなくなるのです。

      

「仕事に対しては自分の人生のほとんどの時間を割いて取り組む」といった主観で、毎日を過ごしている人は少なくありません。

ホントは、仕事ではなく、作業なのですが、それが仕事だと思い込んでいるわけです。

   

ですがそこで思いもかけず、たとえば「会社にリストラされる」という事が起こるとどうなるでしょう?

    

ですが「仕事」がなくなったわけではありません。

お金を稼ぐための「作業」をするためにカイシャへ通っていたわけですから、「作業」がなくなっただけです。

もちろんその「作業」に付帯する大半のことも、なくなります。

       

ですが元々「仕事」のための「志」なんて、なかったわけですから、実は何も問題はないのです。

お金を稼ぐための「作業」をしていただけなのですから。

効率を上げることで、関わる人をラクにする方法を考え出し、見返りとして高い報酬を受け取り、誰かを幸せにしたい、などどとは、もともとそれほど突き詰めては考えていなかったわけですからね。

      

多くのヒトは、仕事と作業を分けて考えることなどない「どんぶり勘定」で生きています。

他の同僚や上役がやっていることの真似をして、長時間同じ作業を繰り返すだけでは、幸せをもたらすことなど出来ないのにです。

これは宇宙の法則なのですから、あたりまえのハナシです。 

    

こういうことは、本来学校で教えればいいのでしょうが、そういう教育を受けていない以上、仕方ありません。

      

ですが実は仕事だと思っていた「作業」がなくなり、十分な時間ができたときというのは、人生最大のチャンスなのです。

  

自分の「志=やりたいこと=仕事」は何なのか?

誰をどのように幸せにしたいのか?

 

こうしたことをじっくりと考るための、またとない機会なのです。

そう考えると、この紛れもない事実と正面から向き合うことのできることを、神に感謝したくなるはずです。

    

このように、幸せになるためのスタートは、いつでも、どこでも、どういう状況からでも始められるようになっています。

遅すぎるということはないのです。

 

 

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