オフィシャルWEBサイト 脚本に着手してから完成まで4年半かかったという。
主要な出演者は、サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニーの二人だけという驚きのキャスティング。
監督賞や視覚効果賞、撮影賞などアカデミー賞の7部門を受賞した作品なので期待したのだが・・
現実感100%の傑作だが「嘘100%」
この作品のプロデューサー、デヴィッド・ハイマン氏によると、真実の断片を積み上げて作ったフィクションだと説明している。
だが実はこの作品は真実の積み上げどころか、事実誤認だらけ。
このことは、昨年9月30日付米紙ニューヨーク・タイムズや10月1日付米誌タイム(いずれも電子版)など複数の欧米メディアが指摘している。
たとえロシアの人工衛星が爆発事故を起こしたとしても、破片の直撃は考えられないという。
本作で見られるような連鎖的宇宙大惨事などあり得ないと明言。
そのためニューヨーク・タイムズ紙は、「脚本に大きな穴がある」と批判。
遭難した2人がISSをめざす展開について、「海に投げ出された中米カリブ海の海賊が、泳いで英ロンドンをめざすような行為だ」と、その矛盾ぶりを皮肉っぽく評している。
事実、このご都合主義の連鎖的宇宙大災害をNASAは許せなかったようだ。
前述のロサンゼルス・タイムズ紙は、この作品の製作に関わった匿名の人物の声として、NASAがこの作品の製作側に対し、公式な立場での助言を拒否したと伝えている。
軌道傾斜角の違い
この映画で最も物議を醸すところがこの問題。
エンジンを噴射させて軌道を変える場合、高度を変化させるのは簡単だが、軌道傾斜角を変えるのは非常に難しいのが現実なのだ。
軌道傾斜角が異なる軌道へ移動させるくらいなら、まだ別の宇宙船を打ち上げ直したほうがいいというのが常識だという。
さらに軌道傾斜角だけではなく、軌道高度も違い、ISSが高度約400km、HSTは約550kmなので、この高度差だけでも宇宙服の推進パックでは到達できない。
ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の軌道傾斜角は28.5度。
国際宇宙ステーション(ISS)の軌道傾斜角は51.6度。
中国の宇宙ステーション天宮の軌道傾斜角は42.7度(天宮1号)。
たとえ、スペースシャトルが無事で、そのエンジンを使ってHSTの軌道からISS軌道へ向かうとしても燃料不足で全く届かない。
なんてことを言うと、そもそも映画が成り立たないので脚色と割り切るしかないわけだが・・
コロンビア号の事故以降、スペースシャトル飛行時の緊急事態に備え、必ず救難用のシャトルを用意するようになっている。
以前は、ISSミッション時にシャトルに問題が生じた場合、次のシャトルの打上げを待つ間、ISSに滞在して救助を待つと言うシナリオだったのだが・・
ISSと軌道傾斜角の異なるHSTの修理ミッションであったSTS-125では(上記非常に大きなエネルギーが必要という理由から)ISSへの緊急避難が出来ないため、 軌道飛行中に帰還できないような問題が生じた場合は、もう1機のシャトルが救助に向える準備を整えたうえで、STS-125 が打上げられている。
この時はシャトル打上げ用の2つの射点を両方使用して、打上げの準備が行われた。
このような準備を行ったことを見ても、HSTの飛行軌道からISSへ向かうことは、シャトルの搭載推進系では全く無理だということがわかるだろう。
デブリの脅威について
10cm以上の大きなデブリはすべて地上からのレーダー観測と光学観測によって軌道が追跡されている。
そのため、ISSの周囲数十kmの範囲に入る可能性がある場合は念入りに監視され、必要であればISSの軌道を変えて回避している。
また小さなデブリは、デブリバンパで衝突エネルギーを吸収し与圧壁に穴が開かないよう設計されている。
これまでデブリで与圧壁が破られた事例はないが、ISSに滞在する宇宙飛行士はそうした最悪のケースも想定して訓練を行っている。
映画の中では某国が衛星破壊実験を行い、次々とデブリ被害が拡大して行くという設定だが、飛んできた残骸が通信衛星だと言うのは変。
通信・放送衛星は静止軌道にいるのが普通なので、そのような事態が起きたとしても低周回軌道に影響を及ぼすことはない。
船外活動中に誤って宇宙船から弾き飛ばされてしまって漂流した場合、自力で戻ることができるよう、NASAの宇宙服を使用する船外活動ではセルフレスキュー用の推進装置SAFER(Simplified Aid For EVA Rescue)の装着が義務づけられている。
サンドラ・ブロックが演じるライアン・ストーン博士の宇宙服にはこの装備が装着されていなかったが、いくら将来の話でもこの安全基準を緩和することはないはず。
とはいえ、所詮はセルフレスキュー用の小型装備なので、長時間の使用はできない。
1, 2回程度の帰還チャンスしかない程の燃料(窒素ガス)しか積んでいなにのが現実。
ソユーズ宇宙船にはサイドハッチはないので誤り
ソユーズ宇宙船の帰還モジュールにはサイドハッチはない。
これはどうやらロシアの地上訓練用シミュレータの構造を真似して作ってしまったようだ。
訓練時に出入りしやすいように地上設備専用に作られたこのドアは実機には装備されていない。
船外からエアロックハッチを開ける操作
ライアン・ストーン博士が別の宇宙船に入ろうとしてハッチを開けるたびに、吹き飛ばされそうになっていた。
だが現実には、そうならないよう、船外ハッチを開ける前には必ず内部の減圧操作が必要なのだ。
さらに実際の宇宙では、誤ってハッチが開いてしまって急減圧が起きないよう、扉はすべて内開きの設計になっている。
こうしておけば、たとえ誤ってハッチを開く操作をしてしまっても気圧差で扉は絶対に人力では開かないからだ。
片手でハンドレールやロープをつかむのは無理
このハッチから吹き飛ばされそうになるシーンや、ISSに乗り移ろうとする時に片手でかろうじてつかまるシーンが出てくるが、宇宙服のグローブは圧力差のため風船のように膨らんでしまう。
それをいかに抑え込むかが設計の難しいところだというが、そのようなグローブで把持するには相当な握力が必要。
船外活動を終えた宇宙飛行士は疲れて握力がなくなるほど手が疲労する。
従って、このような力を出すのは、現実には無理。
消火器で軌道を変える
あれは無理。
実際のISSの消火器はわざわざ反動力が生じないようなノズル形状に工夫されている。
そのため移動目的には使えないようになっている。
ISSには米露の異なったタイプの消火器があり、ロシア製のものは水を利用する消火器なので真空中ではおそらく噴射部で水が凍結して全く役に立たないはず。
使うなら米国製の二酸化炭素を利用する消火器だが、高圧ガスを充填しているわけではないのでほとんど推進しないはず。
消火器を投げてその反動力を利用する方がまだ現実的。
なぜなら、充填しているガスより、容器重量の方が重いためだ。
大気圏に突入しかけている宇宙ステーションから無事帰還できるのか?
宇宙船を逆噴射させなくても大気圏に突入してしまうような高度で安全に帰還するのは無理。
専門家に言わせると、驚きすぎて今更という感じだという。
着水後にハッチを開けて浸水させてしまうのは、宇宙飛行士として失格
洋上着水した場合、ハッチを開けると水没する危険性があるので、レスキュークルーが来る前にハッチを開けてしまうことはない。
水中に脱出した後、泳ぎやすくするために水中で与圧服を脱ぐシーンがあるが、簡単には脱げない。
陸上でも1人で脱着するのはかなり大変だからだ。
上映時間は1時間半ほどと、かなり短め。
普通こうした映画は、登場人物が宇宙へ飛び出す前の、人間関係が織りなす日常を丹念に描き、観客が根性移入しやすいように根回しをするわけだ。
だが、この映画はそうしたシーンは一切ない。
いきなり宇宙の長回しシーンから始まるわけだ。
たった二人の登場人物なのに、観客が「助かってほしい」という感情移入が希薄な状態で、物語はどんどん進んでゆく。
映画館でもって3D映像で見れば、その「見たことがない映像」を体験できるという満足感は高くなるかも知れないが、この映画のウリはそこだけ。
これじゃあ、物足りないもいいところ。
というわけでオレ的には、全く面白くない映画だった。
一度見れば十分。