以下は最近の東京新聞の社説だ。
時間の経過で、過去ログを見ることができなくなる恐れがあるので、下記へ全文を引用させていただく。
3・11から2年 後退は許されない
風化が始まったというのだろうか。
政府は時計の針を逆回りさせたいらしい。
二度目の春。私たちは持続可能な未来へ向けて、新しい一歩を刻みたい。
ことし一月、フィンランドのオンカロ(隠し場所)を取材した。使用済み核燃料を地中深くに埋設する世界初の最終処分場である。
オンカロを運営するポシバ社の地質学者のトーマス・ペレさんが、その巨大な洞窟の道案内を務めてくれた。
二〇二〇年ごろから核のごみを搬入し始め、八十年で処分と管理を終えて埋め戻し、入り口はコンクリートで固く閉ざして、元の自然に返すという。
◆ゼロベースで見直すと
「地上には何の印も残さない。そこに何かがあるとは、誰も気付かないように。ここは忘れるための施設なんだよ」
ペレさんのこの言葉こそ、忘れられるものではない。
忘れることで危険がなくなるわけではない。先送りするだけなのだ。いつかきっと誰かがそこを掘り返す。
あれから二年、安倍政権には後戻りの風が吹いている。
首相は一月の国会答弁で「前政権が掲げた『二〇三〇年代に原発ゼロ』の方針は具体的根拠を伴っていない。
ゼロベースで見直す」と、脱原発の方針をあっさり打ち消した。
先月末の訪米時には、ゼロ戦略の見直しと原発維持を、オバマ大統領に告げている。
また施政方針演説では「妥協することなく安全性を高める新たな安全文化を創り上げます。その上で、安全が確認された原発は再稼働します」と、早期再稼働に意欲を見せた。
安倍首相の発言に呼応して、霞が関も回帰を急ぐ。エネルギー基本計画を話し合う有識者会議から、脱原発派を一度に五人も追い出した。
核のごみでは、前政権が打ち出した直接処分の検討を撤回し、使用済み燃料からプルトニウムなどを取り出して再び使う再処理を維持しようという動きもある。再処理を維持するということは、トラブルだらけの核燃料サイクル計画を続けていくということだ。
そういえば、忘れていたようだ。電力業界ともたれ合い、半世紀前から国策として原発立地を推し進めてきたのは誰だったのか。
安全性や核のごみ処理を置き去りにしたままで、世界有数の地震国に五十基を超える原子炉を乱立させたのは、ほかならぬ自民党政権だったのではないか。
◆どうしようもないもの
政権の座に返り咲いた自民党こそ、福島原発の惨状を直視して、自らの原子力政策がどこで、どう間違ったのか、つぶさに検証すべきである。
検証も反省もないままに、国民の多くが支持した「原発ゼロ」の上書きだけを急ぐのは、とても危険なことではないか。
福島第一原発の解体作業を阻んでいるのは、水である。原子炉を冷やすのに一時間あたり約十五トンの冷水を注ぐ必要がある。
このほかに毎日四百トンの地下水がどこからか流れ込んでくる。
最新の浄化装置を使っても放射性物質を完全に取り除くことは不可能だ。敷地内を埋め尽くす巨大なタンクなどには、すでに二十七万トンもの汚染水がなすすべもなくたまっている。これだけを見ても「安全文化」などとはほど遠い。
核のごみ、活断層、汚染水…。人間の今の力では、どうしようもないものばかりである。エネルギーとしての原子力は持続可能性が極めて低いという現実を、福島の惨事が思い知らせてくれたのだ。
見方を変えれば原子力時代の終焉(しゅうえん)は、持続可能な社会への移行を図るチャンスに違いない。そのような進化を遂げれば、世界に範を示すことにもなる。
オンカロを見学したあと、デンマーク南部のロラン島を訪れた。沖縄本島とほぼ同じ広さ、人口六万五千人の風の島では、至る所で個人所有の風車が回り、「エネルギー自給率500%の島」とも呼ばれている。
デンマークは原発をやめて、自然エネルギーを選んだ国である。ロラン島では、かつて栄えた造船業が衰退したあと、前世紀の末、造船所の跡地に風力発電機のブレード(羽根)を造る工場を誘致したのが転機になった。
◆福島の今を忘れずに
当時市の職員として新産業の育成に奔走した現市議のレオ・クリステンセンさんは「ひとつの時代が終わり、新しい時代への一歩を踏み出した」と振り返る。
二度目の春、福島や東北だけでなく、私たちみんなが持続可能な未来に向けて、もう一歩、踏み出そう。そのためにも福島の今を正視し、決して忘れないでいよう。
不信募る「小児甲状腺検査」 別機関の診断結果と違い
福島県の「県民健康管理調査」検討委員会は先月、18歳以下の2人に甲状腺がんが見つかったと報告した。
昨年9月に1人が判明しており、計3人となった。
県は福島原発事故との因果関係を否定するが、「安全神話」に徹した姿勢に批判は強い。
なにより、検査データを当事者にすら十分開示していない。「賠償の低減が狙いではないか」。保護者たちの不信と不安は募るばかりだ。(林啓太)
「県の検査は『安全です』という結果ありきではないかと…」。福島県伊達市の主婦島明美さん(43)はそうつぶやく。
手には小学5年生の長女(11)が受けた甲状腺検査の報告書があった。「異常は見られませんでした」と記されていた。
だが、島さんは市内の診療所で再検査させた。すると、嚢胞が2つ見つかった。中学1年生の長男(13)も県の検査では嚢胞が1つだったが、2ミリ大が2つ見つかった。
子どもたちに再検査の結果を伝えた。二人は黙りこんだ。以来、島さんはその話題を避けているという。「あんまり怖がらせても仕方がない」
同市の主婦津田亜紀子さん(39)も県の検査に納得せず、別の医療機関で子どもを再検査させた。
結果は異なっていた。
小学6年生の長男(12)と5年生の長女(11)で、県への問い合わせで、長男は「最大2.5ミリ」、長女は「複数」の嚢胞があることが分かった。
別の医療機関の検査結果では、長男の嚢胞は最大3.8ミリが2個で、長女の嚢胞は4ミリ大を筆頭に12個以上。長女の検査写真には、嚢胞のつぶが無数に写っていた。
再検査した医師に「海苔や昆布を毎日、食べさせなさい」と指導されたが、長男は海藻類が苦手。
みそ汁のだしに昆布を使って飲ませている。
県の甲状腺検査の結果は症状が深刻な順にC、B、A2、A1の4段階で示される。CとBは二次検査の対象になる。ただ、嚢胞が被ばくの結果とは言い切れない。
環境省が8日に発表した長崎など3県での子どもの甲状腺検査では、計56.6%に小さなしこりなどが見つかった。
約41%の福島県より高い。
八王子中央診療所(東京都八王子市)の山田真医師(小児科)も「嚢胞と結節は、がんと直接は関係がない」と指摘する。
それでも、島さんや津田さんらの不安は尽きない。
県の検査への姿勢に粗さが目立つからだ。
例えば、時間だ。県の検査で甲状腺に超音波を当てる時間は異常な所見がない限り、一人当たり短いと数十秒。
たいていは2~3分だ。広報担当は「詳細な検査が必要な人を見つけ出す『スクリーニング』」と話す。
一方、島さんが再検査に利用した診療所は、10分以上かけて調べた。
その診療所とは別に再検査を受け付けている「ふくしま共同診療所」(福島市)所長の松江寛人医師(放射線科)は「県のやり方は完全に間違っている」と言い切る。
「たった数十秒では、がんにつながる重要な病変を見落とす可能性がある。
一見、異常な所見のない子どもでも15分はかけて調べるべきだ」
先月の「県民健康管理調査」検討委員会の発表では、甲状腺がんの3人以外、7人に疑いがあるとされた。
席上、県立医大の鈴木真一教授は「甲状腺がんは最短で4~5年で発見というのがチェルノブイリの知見」と述べ、福島原発事故との関連を否定した。
しかし、世界保健機関(WHO)によると、世界での大人を含む甲状腺がんの発生率は人口10万人に対して男性1.7人、女性4.7人。山田医師は「患者とその疑いがある人が、3万8000人のうち10人。割合は多い」と懸念を示す。
県は1986年のチェルノブイリ事故のデータで、福島原発事故との関係を否定する。
だが、本当に否定できるのか。
鈴木教授の「上司」にあたる山下俊一・県立医大副学長が約20年前に書いたチェルノブイリ原発周辺の子どもの甲状腺がんを研究した論文を読むと、疑問が浮かぶ。
山下氏が放射線影響研究所の長滝重信元理事長らと執筆した論文は「チェルノブイリ周辺の子どもの甲状腺の病気」。事故時に10歳以下だった約5万5000人を検査し、4人を甲状腺がんと診断した。
「放射線への感受性が高い小児は、初期の急性被ばくとその後の低線量被ばくで甲状腺が傷つけられる可能性がある」と懸念を示していた。
北海道の深川市立病院の松崎道幸医師(内科)は、福島県郡山市の児童・生徒らが市に対し「集団疎開」を求めた仮処分の申し立てで、「山下論文」を基に「福島の小児甲状腺がんの発生率はすでにチェルノブイリと同じか、それ以上になっている可能性がある」との意見書を作成した。
ただ、「福島では放射性ヨウ素の放出量はチェルノブイリに比べ少ないとされる」(山田医師)という指摘もあり、確定的なことは言えない。
それでも、保護者らが不安を覚えるのは当然だろう。その解消には検査データの伝達、公開こそが前提となるはずだ。
県の対応はその逆に徹している。
今回の発表でも、がんや疑いのある子どもたちの年齢や居住地区、被ばく線量などは伏せられた。
山田医師は「これでは、放射線と甲状腺がんの関連を考察できない」と県の姿勢を批判する。
当事者への情報公開も不十分だ。県の検査で高校2年生の長女(17)に複数の嚢胞が見つかった伊達市の主婦大山かよさん(49)も、詳しい報告書や超音波で撮った写真を検査データを集約する県立医大に求めたが、担当者は「渡せない。
見たければ、情報公開請求をして」と伝えてきた。
情報公開制度は時間がかかり、資料の複写の費用なども自己負担だ。
県健康管理調査室は「調査を素早く進めるため」と釈明するが、大山さんは「データは当事者のものなのに」と憤る。
情報の出し惜しみについて、集団疎開の仮処分申し立てで代理人を務める柳原敏夫弁護士は「被害者に東電に対する損害賠償訴訟を起こさせないよう、詳細な情報を出さないようにしてる可能性もある」と推察する。
そうだとしても、被害の実態を隠し通すことはできない。
実際、島さんのように、別の医療機関で子どもに再検査を受けさせる保護者たちは増えている。
松崎医師は県の対応にこう忠告した。
「情報を隠そうとすればするほど、保護者の不信の蓄積は募っていく。
保護者たちに対して、県にはもっとオープンになり、一緒に甲状腺がんの脅威に立ち向かう、という姿勢を示すべきだ」
[県民健康管理調査]
福島県が福島原発事故を受けて、全県民を対象に実施している。
被ばく線量を推計する「基本調査」と、事故後の健康状態を把握する「詳細調査」がある。甲状腺検査は詳細調査の一環で、事故発生時に18歳以下だった36万人が対象。計画的避難区域の居住者から始まり、2011年度までに詳細な調査を終えたのは3万8000人。
[デスクメモ]
知らなかったとしても、責任からは逃れられない。
先の戦争でも国民は被害者であり、加害者でもあった。原発も同じだ。
被ばくした子どもたちへの一義的な加害責任は東電や行政にある。
が、原発政策を看過し、電力を享受してきた者にも責任がある。
絆の本来の意味がいま、個々人に問われている。
2013年3月9日 東京新聞 朝刊