2012年08月29日 のCoolに過ごそう

The knobble

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パソコンを長時間使っていると、同じ姿勢が続くため、どうしても凝るのが首と肩。

長時間ディスプレイを見ていると当然目から来る疲れで、これまた首と肩に来るわけだ。

この凝りは、少々の運動だけでは解消できないため、物理的なケアが必要になる。

 

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指圧マッサージ業界では「マイクロソフトのあるシアトルに足を向けては寝なれない」と言われているほど。(笑)

蓄積した疲れは、指圧や鍼灸でケアするわけだが、ポイントは毎日繰り返される生活習慣だ。

まずベースになるのが、慢性疲労を食い止め、花粉症等のアレルギーも治る朝食を抜く一日二食の食生活。

そして、肝臓などの疲れ・腰痛・自律神経の調整などに効く交流磁気治療器。

さらに、酸素カプセルとマイクロバブル風呂。

もちろん適時パナソニックのリアルプロという、マッサージチェアをも適時使っている。

 

カプセル内や映画を見ながらできるケア用の小物で、意外に役立つのが木製の The knobble。

ドアノブの形に似ているので「knob」という製品名になっているのだろうが、米国のシアトルで購入以来10年以上使っている。

こちらにあるように値段は一つ17ドルくらい。

とにかくあらゆるシーンで使えるのだ。

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下の写真では「The knobble」という刻印が見えますが、よくよく比べてみると、白っぽい方は微妙に円盤の縁の厚さが違うので、どうやらノーブランド品のようだ。

 

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こちらはプラスティック製の Knobble Ⅱ で木製よりも安く10ドルを切るくらい。

 

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目や首の疲れを取るには「天柱」という、頭の後ろの首のあたり首の骨の両側にあるポイントを刺激するわけだ。

後頭骨の下方で、真ん中が窪んでいる場所でツボはくぼみの中央から少し外側を押すわけだが、自分で押すのは大変。

というわけでこの The nobble を、枕などの上に置いて「風池・天柱」あたりを首の重さで調節しながら揉みほぐしている。

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背中や腰回りは床で使うのも、またナイス。

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中山式の 快癒器より、カラダに当たる部分の接触面積が少ないので、良く効くわけだ。

自分でツボの場所がわかる人にとっては、こちらの方が遙かに使いでがある。

日本のサイトでようやく見つけたのはココで1,5000円前後

名称は「ザ・ノブル」

顔などの前面は、手でこれを使う。

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足裏は The knobble を踏んづける。

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コリ対策というのは「溜めずマメにその都度」というのが王道なのだ。(笑)

 

男の六感

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女の第六感にはかわないが、男と生まれたからには、一つくらい「匹敵する何か」を身につけたいもの。

まずは「不潔感」を瞬時に見抜く目か。

古いものでも、「クリーニングしてある感」というのは、一流ブランド におんぶにダッコ状態で不潔感伴う「一点豪華主義」を一蹴するわけだし。

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感情の振幅が大きく周りに気を遣わせる人物と、少なくない確率で出会うのも、また人の常。

そういうときはスカルピングのように「明るい挨拶」が「どんな状況でも相手よりも先にできる」という「特技」が威力を発揮することになる。

 

親指と人差し指の先をくっつけ指で輪を作り、元気よく「おはようございます!」と言って指に力を入 れると、誰かがその輪をほどこうとしてもなかなか解けない。

だが、やる気の「なさげ」な声で「おはようざいま・・・」といえば輪は簡単に ほどけてしまう、ということからもわかるように、言葉のクオリティーが与える影響には一目置きたいもの。

 


自分の話す言葉というのは、振動を伴って自分の脳へイメージを与え続け、無意識のうちに 「日頃話している言葉」のように行動することになる、というサイクルを、人は誰もが生まれ持っている。

この積み重ねは個々の人格という、いわゆるパソナリティーの領域へも大きな影を影響を与えることになる。

こうした本能に関わる部分のセンサーを鍛え研ぎ澄ましてこそ備わる「男の六感」というのは、案外女性に魅力的に映るのではないだろうか?


 

想像力の使い方

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無限の広がりとパワーを持つ想像力。

どこまでも広がってゆく世界だけに、意外とその広がりのスケールというのは見えないものだ。

目の前にあるグラスを見たとき、誰もが何の疑いもなくそこにあるモノとして、意識さえすることなく、受け入れている。

だが、アタマで考えていることや心模様というのは、目に見えないだけに、うつろいやすく、またはかなく、そして頼りなげなものとして捉えているのが普通だ。

特に他者からは、余計に存在しないもののように扱われるため、自分にとっても、実態のないものとして捉えてしまいがちだ。

 

そうしたとき、言葉や文字という変換ツールを使うことで、それは大きく様変わりさせることができる。

そして「その瞬間」から自分以外の世界と共有できるものとして、チカラを持ち始めるのだ。

文字として実体化された思考は、その時点から自分に対しても強い説得力を持ちはじめ、具体的な文字というカタチを伴ったイメージとして目から脳へと送り込まれることになる。

そしてそうした体験の繰り返しは、やがて自分をも呑み込んでしまうほどのパワーを持ち始める。

 

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こうした方法を使えば、イマジネーションを、自分の中へ取り込み、実体化された現実へと変換することができる。

迷いや悩みといったものも imagination と同じで、本当は実態がないものだ。

多くのケースで、現実には存在しないモノと不用意に向き合い続け、不本意にも実体化させてしまっているだけなのだ。


だがそうして実体化させてしまった悩みから生まれた困難も、イマジネーションを使うことで、消滅させ、変えることさえできるのだ。

現実というのは、こうしたメカニズムで自分が毎日積み重ねることで作り上げてきたものだから、その気にさえなれば変えることができるものなのだが、体験がないことを理由に、踏み込むことのない領域として放置されている。

だが最初の一歩を踏み出し、一度でもそうした体験をすれば、そのパワーから生み出されるポテンシャルによって、夢は大きく拡がりはじめる。

だが、長い時間をかけて積み上げられてきたものだけに、現実を一気に変えることはできない。

イマジネーションという見取図をもとに、現実のエッジを少しずつ削り取り、あるいは形を変えながら自分好みの現実へと変えてゆく作業が必要になるからだ。

 

 

そうしたとき、威力を発揮するのが、文字を使った表現力だ。

現実のエッジをボヤケさせ、想像力で描かれた夢という世界との境界線領域を広げるために、欠かせないツールが文字だといえばわかりやすいだろうか。

文字を駆使して文章に幅と奥行きを加えるだけで、現実を変えるためのパワーを生み出すきっかけを作ることができるという事実を、多くの人は過小評価している。

何故なら評価は体験から生まれるものだからだ。

imagination は誰もが、どんな状態であっても、信じた瞬間から、輝きを放ち始める。

これもまた現実なのだ。

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