1999 08 01-


990815  Sun.

さて、今日は書くぞ。

と書いたものの、まだ頭がボーとしてるから、気合に実態が追いつくかどうかわかならいが、とにかく思いついた事から書いていく。

Oサンの掲示板への書きこみは、予想されていたこととはいえ、現実に起こってみると、少しショックだ。

まあ、一日千人以上の人が見ているのだから、いろいろな考えと思いでこのサイトが見られているのだろう。

なんて思うと書けなくなるから、そう考えるのはやめるけれど、Oサンはああいう文体だから、それに引き寄せられる人も多いと思う。

俺は彼より、年くってる分、ずるいことや、どうすればどうなるかは、頭の中では知っている。だから、そういうのが来にくいスタイルで書いている。今日は別だが。

そうすると、建前だけが集まりやすくなるのか?そうは思わない。
ここのサイトはトレードに関するものだから、集まっているのは、損得には敏感なものばかりだと思う。オレも含めてねというより、オレが筆頭なんだろうけど・・

日本語セミナーだが、損得でいえば、もちろん損はしないが、それほどの儲けはない。

儲けが全くないと言う嘘は言わない。自分の技術と経験とを提供し、お金をもらうというトレードはまともだし、それを全くの儲け無しでやると言う方が、正常ではないと思う。

昨日は、一時飛行機のキャンセル料を払ってでもやめようかと、一瞬頭をよぎったのも確かだ。

でもそんな事でやめるほど値打ちのないものをやるつもりは、ハナからなかったから、これだけで儲けがなくなっても、やってやるぞと、より闘志を燃やしている。

というよりも宣伝になれば、いくらか持ち出しても安いものだ。口コミは効くからね。

このセミナーに参加しなかったことを、後悔するようなレベルのセミナーにすることで、今回のOさんの件をなんとかポジティブにしようと思っている。

日本から日本語で、NASDAQのマーケットでトレードを始めるために、アメリカでの住所を持てるサービスや、携帯電話をセミナー期間中、借りることができるようにも考えている。

日本への電話やお互いの連絡が高い電話料や面倒な操作をすることなく、できるようなサービスが選択できるように、アウトソーシングつまり、協力してくれる会社にお願いしている。そうした会社の社長とは、週末だが、昨日も会って話を進めているのだ。

今回のセミナーをすでに申しこんでいた人は、ラッキーです。

未発表のこともまだあるんですからね。フフフ。

私が今回、日本での滞在中に不便だと感じた事を、すべてクリアした環境でセミナーを開催する事ができれば、というのが目標。

参加者が、日本へ帰りたくなくなるような、そんなセミナーにするためにはどうすればいいのか?

トレード技術を知る事だけではない、もっとインパクトのあるセミナーの開催へ、チャレンジすることにしたのだ。

これが、はっちのリベンジ。

 


990814  Sat.

日本の夏

1年半ぶりの日本でした。当然ですが、この時期の日本は暑いだろうと覚悟はしていましたが、これほど暑いとは・・。

ただ地下鉄を含む電車の中は涼しかったけれど、外と中の温度差がこたえました。

でもそれ以上に、久しぶりの日本での印象は強烈でした。

電車に乗っている人は、非常に疲れている。

特に多くの年配の人の表情から、生活に疲れきっていることが伝わってくるようだ。

たまたまテレビで国会の牛歩戦術なるものを久しぶりに見て無性に腹がたった。

まともな大人のやることではない。何の意味もない。いまどき子供でもあんなバカなことをやらない。

あれをどうすることもできない自分が、恥ずかしくなってくる種類のくだらなさだ。

いまだにああいうメンタリティーで、自分の生まれた国の政治が運営されているのだ、ということがよくわかった。

こういう風に書くと、読む方もイヤな気分になるのは承知で、あえて書くが、あれを見ると日本に住んでいなくてよかったと思ってしまう。


オフ会

いつも掲示板に書きこまれている、「東京の匿名希望」さんには本当にお世話になりました。

時間があるからと、ガイドを始め、つまり携帯電話での連絡など、オフ会の実現のためにも、つきっきりでサポートをしていただきました。

ホテルにずっといれば連絡はとれますが、やはり携帯電話がないと非常に不便ですね。

宿泊先が新橋だったので、結局銀座でオフ会ということになり、ちょうどオルタブックスの編集の方とも始めてお会いし、また、海外投資を楽しむ会の社長さんとも再会しましたが、なにしろ話すことが多く、他の方とはゆっくり話す時間がなかったのが、残念でした。


今回、私は時差ボケと昼間の電車での移動などで、2次会という発想も元気もなく、ホテルでバタンキューでしたが、楽しいひとときでした。参加していただいた皆さんには、本当に感謝です。

でも株式投資に関して、みなさん非常に積極的!こういうオフ会での情報交換会というのは、とても盛り上がって楽しいので、今後日本へ行く時には積極的にオフ会を開くつもりです。

次回はあらかじめ告知してできるだけ多くの方が参加できるようにしたいですね。


親友

はじめて、「のぞみ」に乗った。

東京でのスケジュールも終了し、次は大阪へ。車中で居眠りするにはちょうどいい時間で新大阪に到着。

ちょうど雨が降りはじめ、親友が911で迎えに来てくれていたので大助かり。

今回は彼の家へ泊めてもらって、久しぶりにゆっくりと話すことができて気心の知れた親友のよさを改めて認識した次第。

彼は、iMac を持つレストラン喫茶のオーナー。

音楽好きなので、彼の店では、アルテックのスピーカーやマッキントッシュのアンプで本格的なジャズを聞くことができる。もちろん味はいい。

私とは30年以上のつきあい。

アメリカ株のトレードはしてないけれど、とてもいいヤツだから関西エリアにお住まいの方のために、店の名前と電話番号を書いておきます。

車がないとちょっと不便だけれど、駐車場は広いし、CDのコレクションはすごいから、興味のある方はぜひ一度立ち寄ってみてください。

店の名前は、「City Light」  電話番号は、0723-62-1980 「マスター」と指名すれば電話に出てくれるはず。

8月16日・17日はたしかお盆休み。

人生相談などにものってくれるはず?

勝手にこんな事を書いてゴメン。

でも許してくれるはず?


 


990805  Thurs.

バランス

日本語セミナーの日程がようやく決まりました。

オフィスのリース契約も決定し、いよいよGOです。

自分にとって、居心地のいいトレードセンターで、トレードをしたいということから始まりました。

それだけではなく、どうせなら、他のトレーダーの方にとっても、プラスになることをやりたいという少々欲張りな希望ですが、ようやく実現することになりました。

ですから、今までの利益をこのトレードセンターのために投入することについては、家族も快く同意してくれました。

世間からギャンブルだといわれているデイ・トレードも、使い方を工夫すれば、安全に経済的な基盤を築けるということを、証明したいという、私の思い上がりに見えるかもしれませんが「エゴ」も少しはあります。

また私の考えに賛同してくれる、人達の多くのサポートによってここまでたどり着くことができました。

このサイトをご覧いただいているみなさんの支持がなければできないことです。

サイトを継続して訪れてくださる方が増え、その実績を多くのアメリカ人
が認めてくれたというのは、一人の日本人として本当にうれしいことです。

日本人としてこれほどの感激はありません。

しかし、デイ・トレードは使い方を間違えると、それこそ凶器になります。

先日の乱射事件の調査では、その後、オールテック・インベストメントのアトランタ支店で、短期間のうちに40万ドルもの損失を出していた事が明らかになりました。最初に報道されていた10万ドルとは別にです。

どうすれば、このような大きな損失を出せるのかというほど、無謀なトレードです。これだけポートフォリオを無視したトレードは、もうトレードではなく、まさにギャンブルです。

私のトレードしていたシアトル支店でも、これを上回るマージンコールでトレードを続けられなくなった、トレーダーがいました。

デイ・トレードはあくまでも、システムです。ただの道具です。

これを使いこなすのが、人間の知恵であり、工夫なのですが、使い方を間違えると、その人の社会的な経済基盤を打ち砕く、恐ろしい道具となります。

これは普通の株式投資でも同じことです。

ただ破滅がゆっくりとやってくるという違いだけです。

ただ、ゆっくりとしたスピードのため、正常に戻り、考え直す時間的な余裕があります。

高出力の車ほど、それを上回る高性能なブレーキが必要です。

また、エンジンに負けない足回りも不可欠です。

このバランスの取れていない車は、恐ろしくてアクセルを踏むことができません。

デイ・トレードではあらゆることが、猛スピードで起こるのです。

未経験から生まれる恐怖心は、考える余裕を奪い、その結果としてブレーキが利かなくなり、何かにぶつかるまで止まらないという事態に、遭遇するのではないでしょうか。

また、乱暴なアクセルワークは、事故やスピンを誘発します。

高性能な車ほど、デリケートなアクセルワークと、ドライバーの節度のある自制心が要求されます。

デイ・トレードには、並外れた強靭な精神力が必要なのですが、それが育つより早く、損失を出してしまうトレーダーが多いのです。

こういう特性を持つデイ・トレードと、どのように付き合えば、生活を豊かにできるのかという、いわゆる使いこなしこそが、これからの大きな課題だと考えています。

その1歩を今まさに踏み出そうとしていますが、ただ今度は一人のトレーダーとしてだけではなく、チームとして力を合わせて取り組むことができるのが、何よりも大きな進歩です。

週末には、さらにいいニュースをお伝えできると思います。

 



990804  Wed.

ディス・クロージャー

「チャートで見る今日のマーケット」では、8月に入り、かなり細かいところまで解説しています。

これは、シアトルで開催される予定の、日本語でのトレーニングを受講される方のためにあらかじめ、予備知識として、知っておいていただければ、トレーニングの内容がさらに理解しやすくなるのではないかということで、詳しく解説しています。

しかし、実際のマーケットでは、選択する銘柄によっては、かなり早い速度で株価が上下します。

昨日今日と例をあげて解説をしているQCOMなどは、スプレッドが大きめの銘柄ですし、動きが速いときには、うまく売れない場合があります。

インターネットを使ったオンライントレードでも、ソフトの改良で実際のマーケットの動きが、以前よりよりわかりやすくなってきているようですし、いろいろな銘柄を見る機会が増えることで、トレードの難しさが少しづつ分かってきたのではないでしょうか。

オンライントレードの取引量が、4月をピークとして下がってきている理由が、4月にスタックして、それを挽回するために残りのマージンでトレードを続け、この時期の下落などで、さらに動きが取れなくなってきているのではないか、というのは考えすぎでしょうか。

長期間トレードを続けるためには、こういう下降局面でも、安定した成績を出せることが必要になります。

そのために、チャートの重要性を書いてきましたが、「チャートで見る今日のマーケット」では、水平と斜めのトレンドラインだけで、説明しています。それでも非常に役に立ちます。

時々、スタスキーさんや、Reiko さんが、Pristine の銘柄情報について書かれています。デイ・トレード・センターでも多くのトレーダーがこの銘柄選択を参考にしています。

これは、プリスティーンのスタッフが、銘柄の選択をチャートで分析して、動きを予測していますが、彼らはもう少し違ったアプローチで予測をしています。

私が現在公開しているのとはまた違う解析です。

このように、チャートといっても多くのアナライズの手法があります。

私も、Candle Stick つまりローソク足でチャートを表示していますが、これはみなさんご承知の方も多いと思いますが、日本で考え出されたもので、視覚的に非常に分かりやすいのが特徴です。

しかし、これの解説書などの書籍はあっても、このローソク足の発祥の地の日本で、実際の日本のマーケットを解析して、どのように使えばいいのかという情報を、いまだに見たことがありません。何故でしょうか?

こういうチャート分析の手法は、公開したからといって、公開した者が不利益を受けることはないはずです。

たとえ、公開したからといってそれを使って、明日からすぐに利益につながるという性質のものでもないのですから。

「チャートで見る今日のマーケット」で紹介していますが、アメリカでは、プリスティーンなどでも、のマーケットの実際の銘柄で、様々な方法を解説して、その情報を公開しています。

以前から、日本は情報の公開、いわゆるディスクローズが、多くの分野で進んでいないことが指摘されていますが、こういったトレードの世界だけを見ても、アメリカの水準に比べて大きく遅れているように感じます。

日本の大手の証券会社も、本当に顧客を獲得したいのなら、自社のプロ・トレーダーを専任するなりして、何故このような形の情報公開をしないのでしょうか?

そういう姿勢を顧客にアピールする事で、投資家の信頼を勝ち取ることができるはずです。

大手の証券会社は、最近続々と大手の外資と提携をしています。横並びの手数料値下げだけではなく、割高な手数料と引き換えに、今までにない新しいサービスを提供するという発想だって、あっていいのではないでしょうか。

自分たちにそのアイデアがないのなら、提携している外資からそのアイデアを提供してもらうなりすれば、それほど難しいことではないでしょう。

そういうアプローチができなければ、外資においしいところだけを利用されるだけ、という情けない提携に終わってしまいます。

「ライブ・トレード」や「チャートで見るマーケット」を始めたのも、私のサイトのアイデアを、日本の証券会社のどこかが真似をしてでも、新しいムーヴメントにつながってくれればという、かすかな望みも、何を隠そう少しはあったのです。

こんな簡単なことを、どうして大手がそれなりにアレンジしてでも、やらないのか不思議でなりません。

まあ、彼らから見れば、大したことないのかな?

The average man is always waiting for something to happen to him
instead of setting to work to make things happen.

鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス。という不思議の国、我が日本・・・

鳴かぬなら、鳴いてみせようホトトギス。

こちとらは、小回りが得意ワザ。

で、近いうちに新しい発表ができそうです。乞うご期待。

 



990803  Tues.

今日は、床屋さんからメールをいただいたので、散髪について。

シアトルでは、上手な床屋はあまりいません。と言いきりましたが、まあ、私が知っている限りでですが・・

わざわざ、散髪のためにダウンタウンへ行くのも面倒だし・・

日本と比べると日本人の方がうんと丁寧。4倍くらい。

白人の茶パツと言うか金髪は、適当に切ってもそれなりにまとまるのですよ。あれはうらやましい。
黒い髪はきちんとカットしないと目立つんですね。

全体的に仕事がラフに感じて、あまり上手でないように思うのは、それが理由だと思うのですが、そのかわり早い。

15分くらい。洗髪を含んでですよ。

なんか植木を剪定するみたいに散髪する。

今散髪してくれているアラブ人のオバさんは、たまたま近くの散髪屋でやってもらったのがきっかけでした。

しばらくして、このおばさんが独立して、自宅のガレージの奥の部屋を改造して散髪をするようになり、たまたま、前の家から車で5分くらいのところだったので、続けて行くようになったのです。

おばさんの話によると、このおばさんの旦那が、どうしようもないアメリカ人で、いままでちゃんと働いた事がないという。

大変な思いをして子供を育て、今までやってきたのだと、聞きもしないのによくしゃべるんだな。それも思いきりナマってるからわかりにくい極地だ。

まあこっちだって訛ってるけど。むこうからは聞き返したことはない。私はよくわからないことがある。

だからよく聞き返すのだが・・まあ話しの内容が、そう変わったことをいうわけではないから問題ないけれど。

この結婚は大失敗だったといいながら、別れない。

今まで大変な思いをして自分一人でやってきたと強調して、どちらにしても生活がかかっているので、大変だという。

だから、すごく親切。「あなたは私の一番大事なお客さんだからね」とグイグイ押してくるので、ついかわいそうになって続けてるんだけれど知らないところで、ザンギリ頭にされるのはゴメンなので、まあ義理で続けてるようなもの。

そんなわけで、いつのまにか息子もを連れて行くことになったが、こちらは洗髪なしで、10分。バリカンで、「ガーッ」とやっておしまい。

値段はたしか二人で、45ドルか50ドルだったかな。

高いのか安いのかよくわからないけれど・・

腕は、まあアメリカ人の平均よりいいかな、という程度。

ただ、頭を洗うときなどまだ冷たい水なのに、気にしないで、シャワーをかけるなど、大雑把なところがある。けれどまあ、それでも別に腹が立つわけでもない。

そのかわりいつでも好きなときに、電話をすれば他のお客の時間をずらしてまで、時間を作ってくれる。

とにかく予約しなくていいというのは、アメリカでは大きなメリットだ。

それにシャンプーやリンス、ヘアジェルなどはフランス製のなかなかいいものを置いている。カミサンや娘もこれは気に入ってる。

あんたの、「ゴージャスなワイフの頭もやってあげるよ」としつこく言うので、一度連れて行ったけれど、それ以後行くといわない。

娘は、「問題外」とのことで、わざわざダウンタウンまで、東洋系の散髪屋へとっかえひっかえ行ってるが、かといって感心するほどのことはないようだ。

なんて書くと怒るかな。でもここは見てないようだから大丈夫。

腕より、情が優先というスタイル。こういうのも、気さくでいいもんだ。

日本では時々、腫れ物にさわるように気をつかうところがあるが、あれもやりすぎると気詰まり。

アットホームな、世話焼きおばさんだけれど、まあ散髪に行くだけで向こうが助かるのなら、こっちとら、これから見合いをするわけでもないのだから、まあいいかという、かなりいい加減な認識で散髪をしています。

郷に入れば郷に従ってるなあ・・

 



990801  Sun.



以前から時々、原稿をナンチャラと書いていたことを覚えておられるだろうか?。具体的なことは何も書かなかったが、今日から8月というキリもいいということと、出版社の編集の方にも了解をとったので、今日はこの本について・・

本の名前は「デイ・トレーダー」。出版社はこちらです。

発売時期は10月の株式売買手数料自由化目前の、9月中旬から下旬の予定だという。

本を読むのは好きだ。自分の知らない世界を覗く事ができる。

また、本というのはテレビのようないわゆる「絵」はないから、イマジネーションを展開できる余地が非常に大きいというのが、その魅力だと思う。

だから時々、翻訳ものでも原作を読んで、映画を見るとがっかりすることがある。これは自分の想像していた部分が、ある一つの解釈として映像というカタチで固定されてしまって、そのギャップというか、自分の想像と違うことによるものなのだと思う。

だからマンガというのは全く読まない。

フィクションもよほど時間があるときの暇つぶしとしてしか読まない。

ノンフィクションが好きだ。

だが、書くとなるとハナシは全く別だ。本を書くということに関しては、全くのシロウト。

こうしてWEBで勝手なことを書いているが、本を書くことが決まってから、過去のバックナンバーを読み返してみた。

全く冷や汗ものだった。

書いた本人が見ても意味がわかりにくい部分が山のようにあり、接続詞もいたるところで妙な具合で、あまりにもひどいところは、修正をせざるをえなかった。

これで、一時書く事に自信をなくした。あまりに心配で、紀伊国屋で、本を書いたことのある人の体験を書いた本を、密かに立ち読みしてみた。

原稿がひどいと、全く別物のように書きかえられてしまうというが、これは納得だ。本は、どういう層の人が読むかわからないから、誰が読んでもわかるように書かなければならない。

一方WEBは、多少妙な論調があったり内容が問題でも、接続料は別として、何しろタダみたいなものだから、読むほうもそれほど文句を言わない。

書く方にとってはいわば、追い風が吹いている状態だ。

だが本は、お金を出して買ってもらうものだ。

立ち読みをして、買う価値がないと判断されれば、ハイそれまで。

ここの違いが一番大きいと思う。

また、日本の出版業界というのは、空前の不況だそうで、大概は原稿をいきなり持ちこんでも、相手にしてもらえないという。

何故か?

日本語の本は、日本人しか読まない。当たり前だけれどね。

しかし英語の本となると、英語圏がマーケットだからその大きさが比べ物にならないという。

だから、日本のライターは数をこなさないと生活して行けないという。

ベストセラーというのはごく一部。

だからアメリカのライターは、ゆっくりといいものを書いても十分やっていけるという。

何たる違い。

書くほうだけではなく、出版社側だって同じ事情のようで、売れなければ在庫を抱えて四苦八苦することになる。

まあ、私の場合は編集の方からメールをいただいて、「COOLをもとに書いてみませんか」ということになったのだが、これが一からの書き下ろしだったら、断っていただろう。そんな自信もないし時間もない。それくらい同じ書くということでも「本」を書くのは大変なことなのだ。

本を書いたら、「夢の印税生活ができる」のではないかと、誰もが一度は考えるだろう。しかし現実はそれほど甘くない。

実績のあるベストセラー作家なら別だが、私のようないわば初心者は印税率は最低ランクだ。

特に今は出版不況だから、本として出せるだけでもラッキーなことらしい。

だから収入だけを考えれば、全く割があわない。

そういうわけだで、(何弁じゃ)トレードの方が私にとってはウンと楽なのだが、でも自分がいままで書いてきたものが、紙の上に残るというのは嬉しいものだ。

おまけに、そういうチャンスってなかなかないだろうから、損得をいってたらバチが当たる。損得は、トレードだけで十分だ。

ハナシがそれたが、ジャンルが、「株式取引」といういわば特殊なジャンルだから、初版の印刷部数はそれほど多くないのは少し考えればわかることで、私が出版社の社長だとしても、売れるかどうかわからない本を、たくさん刷って、在庫の山を抱えるなんてことはやらないだろう。

それでも、私の場合は「他社の同じようなジャンルの本」の4倍の初版数だといわれた。

「我々はそれだけ期待しているということです」といわれればやはり、頑張って書かなければならないと思う。

この頑張って書くというのは、説明が必要だろう。

今回の本の場合の手順はこうだ。

「COOL」の内容をもとに、私が考えた本としての原稿へ加筆修正したものを、WEB上で出版社に見てもらう。あくまでもWEB上のものがもとになっているので、内容が重複していたり、テーマごとにまとまっているワケではない。

これを編集しなおして、意味がわかりやすいように一部を書きなおしたファイルがメールで送られてくる。

これには「ここをもう少し具体的に、ここをこういうように書き加えてください」というような指示がある。

その部分を書き加え、WEB上で書きなおす。これを何度か繰り返すのだが、できあがったものの説得力は50%以上アップしているように思える。

編集作業がいかに大事かということだ。

内容の取捨選択は、基本的には編集者の方々に、すべておまかせしている。この方が私にとっては気分的にもラクなのだ。

また「私はわかっている」から、本の読者にとって「どこがわからないのかが、わからない」という構造的な問題を回避するためにも、この方がいいと思う。

経験のないものが口出しすると、経験に裏付けられてわかっている側にとっては、やりにくいものだろうし・・

よく本の最後に編集者へ感謝の言葉がよく書いてあるが、あの意味が本を書いてみるとよくわかる。

編集というのは、音楽でいうとアレンジに相当するのだと思う。

縁の下の力持ち。

彼らの努力と大変さを考えるとバチあたりなことは書けないのだが、といいながら、バチあたりなことを書くが、「もう本は書きたくない」という気持ちがないといったらウソになる。

どこまで書いても、満足という所へ行けない。

書き終わっても、まだ先があるような気がする。

書くことは根気がいるし、大変なことだということに、「本を書き始めてから」気がついた。

トレードのように明快に結果が出ることに慣れてしまっているからだろうか?

でもWEBで書くことは、すこし気がラクになった。これが進歩というものなのか?


1999 08 01 -

 

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